第21話 銀細工師フェラン

「お腹が空いたね。お昼にしようか」

 アリオが連れていってくれたところは、男女二人連れの客が多かった。テーブルの間が離れていてゆったりとしている。どちらかというと女性好みのつくりだったが、若い人のグループがいないのか、きゃーきゃーとした声は聞こえない。


「好き嫌いはなかったよね」

 アリオが頼んでくれたのは、可愛く盛り付けられたセットだった。ちょっとずついろいろなものがあり、二人で仲良く取り分けて食べるようになっている。色が綺麗でとても美味しそう。

 運ばれてきたとき、おもわず「きゃっ」と叫びたくなった。


「どれから食べようか」

 わたしの返事を待ってくれているアリオに、わたしは彩り良い野菜を和えたものを指さした。わたしの前にあった大皿に、彼はかわいらしく取ってくれた。

「せっかくだから全部食べて。

 少なめによそうから、もう少し欲しかったら言ってくれ」


 アリオは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。ちょっと前のわたしの修行期間の彼からは考えられない。

 いままでのアリオは、なんでもわたしが自分でできるように教えてくれた。今とは真逆だ。


「それは気に入ったか? もう少し食べるか?」

 わたしが好みだと感じたものを追加してくれる。まるでわたしの考えを読んでいるみたい。


 わたしの口元が、緩んでいたらしい。

「どうかしたか?」

アリオが首をこてりと傾けた。

 やーん、反則です。可愛すぎです。

 整ったアリオの顔で真面目な表情でこれをやられると、もう、わたしどうしたらいいの、って思ってしまう。わたしよりずっと年上のはずなのに。

 返事ができる気がしないけれども、返事しないともっと突っ込まれそう。


「あの、フルプレヌ神殿で教えていだたいたときと違うなって」

「あのときは、先生だったから。今は……

 婚約者だよね。というか、恋人、だよね」

 返事をもらっても、やっぱり撃ち抜かれてしまいました。きゅん。

「あ、いえ、はい」

 もう何を言っているかわからなくなってる。

 そんなわたしを見るアリオの瞳が優しい。ああ、わたしは幸せだ。



 ほんの一口ずつで残りは全部アリオが食べてくれたのに、いつのまにかわたしのお腹はいっぱいになっていた。



 * * *



 腹ごなしがてらと言われて、わたしは裏通りに連れてこられた。


 入ったのは、靴屋だった。

「やあ、こんにちは。よろしく頼むよ」

「あいよ」

 店主らしき人にはそれで通じたらしく、わたしを椅子に座らせて足のサイズを測った。


「歩きやすい靴にしてくれ。あとはハフ夫人の店と」

「ああ」

 これで話が通じているのだろうか。ほとんど言葉を交わすことなく、わたしたちは靴屋を出ていた。



「ここまで来たから、せっかくなので寄ってみようか」

「どこへですか」

「いいところ」


 着いたところは、アクセサリー屋さんだった。変わった意匠のものや、こんなのが作れるのかと思うくらい繊細な銀細工が置いてある。


「フェラン、ご無沙汰しています」

「やあ、アリオ」

 作業中だったらしい朴訥な感じの男の人が、穏やかなに笑ってこちらを見ていた。


「エリアの弟子を連れてきました。イシルです。

 イシル、エリアのご主人だよ」


 大聖女エリアさまのご主人! そういえば、お子さんたちと一緒に銀細工師をしていると聞いた。

「はじめまして。イシル・プレリアです。

 エリアさまには、お世話になっています」

 わたしは慌てて頭を下げた。


「はじめまして、フェラン・キャロ・ラフィネだ。

 あんたが俺たちの新しい娘だね。いつもエリアに聞かされている」


『あなたはわたしの娘よ』

エリアさんがいつもそう言ってくれているけれど、ご主人までそう考えてくれているなんて、嬉しい。


 フェランさんは、奥に一度引っ込むと、大声で二階に声をかけた。戻って来てから続きを言ってくれた。

「あんたのような娘ができて嬉しいよ。よろしく」

「こちらこそ、お父さんができて嬉しいです。よろしくお願いします」


 わたしが頭を下げている間に、階段をドタドタと降りてくる音がして、若い男性の声がした。

 顔を上げたわたしの前に、二人の男の人が立っていた。


「かわいいー、だれ? だれ?」

「リュカ、びっくりさせたらダメだよ。

 はじめまして、フェランの次男のリアムです」

「俺は長男のリュカ。君は?」

 二人とも、わたしの方にグングンと迫ってくる。特にリュカ。アリオは、わたしを守るように肩に手を回してくれた。


「お前ら、いくら可愛い子が来たからって、慌てるな。大人しくしろ。もう少し離れろ。怯えているじゃないか」

 フェランさんが、二人の襟首をひっぱって遠ざけてくれた。わたしはやっと落ち着いて挨拶ができるようになった。

「イシル・プレリアです。お母さんのエリアさまにはお世話になっています」


 二人は、一瞬目を見開き、それからぱあっと笑顔になった。

「君が、イシル? 嬉しいなー。お兄ちゃんだよ。よろしくね」

「やっと会えて嬉しいよ。よろしく。オレはリアムお兄ちゃんでも、リアムでもいいからね」

「あー、俺も俺も。俺はリュカお兄ちゃんで」


 エリアさまは、妹ができて子どもたちが喜ぶだろうと言っていた。本当にすごく歓迎してくれている。いいのかしら。


「リアムお兄さん、リュカお兄さん」

 そっと言ってみると、ぽわんと胸の中が温かくなった。

 長女のわたしは、お兄ちゃんに甘えている同級生が羨ましかった。本当のお兄ちゃんではないから甘えられなくても、お兄ちゃんと呼べる人ができただけで嬉しい。


 二人は、力の抜けた顔でほわほわしている。フェランさんとアリオが苦笑する声が聞こえた。



 先を争うようにして、二人は自分の作った銀細工を見せてくれた。

 どれも素晴らしいものだったが、あえて言えば、兄のリュカお兄さんは大胆な作品で、弟のリアムお兄さんは繊細な作品が多かった。個性が出ていて、面白い。


 ふと目が止まったネックレスがあった。銀だけでできているはずなのに、さまざまな色が浮かんでくるような細工。まるで奥宮で感じる神々の光のような。

 首に下げたら、祈りの場にいるような気持ちになるだろう。


 わたしが注目しているのに気づいて、フェランが説明をしてくれた。

「それは俺の作品だ。

 エリアに聞いた奥宮のすばらしさをなんとか形にできないかと試行錯誤してできたものだ。銀の表面にいろんな加工がしてある」

「それでこんなに様々な輝きがでるのですね。ほんと奥宮にいるみたい」


 それをじっと見ていたアリオが、フェランさんに目配せをした。フェランさんはそれを手にとって、わたしの首に下げてくれた。

「よく似合っている。これをくれ」

 これ以上買ってもらうのは申し訳ないと、わたしは辞退したが、受け入れてもらえなかった。


「聖女の装いのときにも、私が選んだものを身につけていて欲しい。これならば問題ない。

 ね、つけてくれるだろう?」

 最後は甘く蕩けるような声だった。背中がぞくぞくする。アリオにそんなふうに言われて、断れるわけないじゃない。

 わたしは「はい」と応えた。



「えー、いいなー、俺も妹に贈り物をしたい」

「オレだって」

「お前たち、静かにしろ。せっかく来てくれたんだ。

 まずは信頼関係を築け。お前らが一方的に知っているだけじゃ、ダメだ」


 あ、わたしのこと知っているんだ。

 エリアさまがお話してくださっているのかな。わたしにも教えてくれているみたいに。

「また今度、おじゃまさせてください」

「ああ、エリアと来るといい」

「そしたらさー、今度お母さんも一緒にご飯食べよう。店閉めて、ピクニックに行こうよ」

「エリアがいいと言ったらな」

「お母さんなら大丈夫だよー」


 フェランと兄のリュカが話している隙に、アリオが弟のリアムに支払いをしてくれたようだ。

『兄はわたしに似てうるさくて、弟は夫に似て物静かでしっかりしているのよ』

 エリアさまがそう言っていたのを思い出す。

 わたしは思わず、小さく笑ってしまった。


「あー、笑われたー。ね、いいよね」

リュカの一方的な誘いに、わたしは

「エリアさまがいいとおっしゃれば」

と、逃げた。

 エリアさまのことだ、きっと実現する。そのときにはこの二人の兄といっばい話ができるだろう。

 わたしは楽しみだった。



 フェランさんと新しくできた二人の兄に挨拶をして、わたしたちは店を出た。


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