番外編3 イシルとアリオの婚約時代
第20話 首都でのデート
イシルが大聖女候補になって、大神殿で修行中のお話です。第12話の後くらいです。
アリオはフルプレヌ神殿でイシルを迎える準備をしています。
遠距離恋愛、婚約中の二人ですが、転移陣のおかげで忙しい二人もデートをすることができます。
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大神殿での生活も、もう三ヶ月が過ぎた。私イシルは毎日大聖女になるための修行で忙しく、あっという間だった。
奥宮での朝のお祈りが終わって宮から出てきたところで、エリア大聖女から声がかけられた。
「イシル、今日はもうお休みよ。夕方のお祈りまで自由にしていいわ。なんなら夕方のお祈りも飛ばして、明日の朝たっぷり祈っても大丈夫よ」
大聖女候補としての務めの放棄を勧める大聖女に、私は口を開けたまま固まってしまった。
「神様たちはそんなに狭量ではないわ。お祈りを一回や二回、なんなら数日さぼったって大丈夫よ」
「そうですね、エリアさまは実体験としてお話してますから。何度も確かめられていましたよね」
ミリアム侍女神官の言葉で、わたしはエリアさまが何度もお祈りをさぼっていたことを知った。
「だから、お祈りの時間を気にする必要はないわ。ただ夜はきちんと戻ってきてね」
「大丈夫じゃない? 彼がきちんと送り届けてくれるでしょう」
エリアさまはそう言って、ご自分の執務室に戻られてしまった。
何がどうなっているのかわかっていない私は、ミリアムに連れていかれるままに自分の部屋に戻った。
「今日は綺麗にしましょうね。どんな髪型がいいかしら。その前に、服ね」
大聖女見習いになってからつけられたジュリア侍女神官に相談しながら、ミリアムはわたしの服を選んでいった。
エリアさまは時々神殿から街に遊びに出られる。もちろんお忍びだ。そのときに街で浮かないように、お供するわたしも町娘の服を何着か持っていた。
今回出されたのは、いつもよりも上品なワンピースだった。
若草色の地に何種類ものピンクの花が咲いている生地だ。胸元から腰までは体のラインに沿い、腰からはふんわりと膝下までスカート部分が広がっている。
エリアさまと一緒にあちこち潜り込んで遊ぶには不似合いな、ちょっと気取って歩くのにちょうどいい服。そう、お友達とおしゃれなカフェや背伸びしたレストランに行けそうな服だった。
ジュリアとミリアムに好きなようにいじられながら、わたしは何がどうなっているのかわからなかった。
わたしの髪をゆるいアップにし、ピンクのポシェットを肩から下げ、歩きやすそうだけどかわいい靴をはかせて、ミリアムとジュリアはやりきった顔をした。
「できた」「やっぱりイシルさまはかわいいです」
二人はわたしの部屋の扉を開けた。そこには、わたしが会いたかった人がいた。アリオジェマ・オネット神官、わたしの婚約者となったその人が。
* * *
ニコニコと二人に見守られながら、わたしとアリオは街に出た。
アリオも神官の服装ではなく、シンプルなシャツとパンツに、ジャケットを羽織っていた。襟元はブローチで飾られている。
わたしの服装とも違和感がない。まるでデートみたい。
そう考えただけで、わたしの頬は熱くなってしまった。
アリオは、今はフルプレヌ神殿に住んでいる。わたしをそこへ迎える準備をしてくれている。
本当は馬車で何日もかかるのだけれど、神官を複数配置することが認められたため、転移陣を備えた。
アリオはそれを使って、飛んできてくれた。
久しぶりのアリオに、わたしは舞い上がってしまっている。
しかも、しかも、しかも、手をつないでいるの。
「人混みで離れると大変だから」
アリオはそう言って、私と手をつないでくれた。しかも腕と腕がくっつくくらい近い。熱をもっているのは、わたしの手なのかアリオの体温なのか。
この街モリヴィニョンに暮らしていたことがあるせいか、アリオの足取りは迷いがなかった。
「神官は、お忍びで街で遊ぶものなの?」
前を見ていたアリオは、横にいるわたしと目を合わせて、ふわりと笑った。
「もうエリアさまに毒されているね。
神官が街に詳しいのは、お忍びで遊んでいるせいではなく、仕事で街に出ることが多いからだよ」
あ、しまった。エリアさまが特別なのに。お仕事をしているのに遊びって言っちゃった。
そう言えばフルプレヌ小神殿、あ、今はフルプレヌ神殿ね。レザールさまも、よく町に出ていろんな人の話を聞いてあげたり癒してあげたりしていたわ。「神殿まで来れない人もいますから」って。
そんな考えを読んだように、アリオの瞳が面白そうに輝いた。
「でも今日はあってる。遊びだな。
あなたとデートするために、休みをもらってきたから」
わたしは一気に顔が熱くなった。
デート、でぃと、デート。
ずっと家の手伝いをしていたわたしには、縁のない言葉だった。
どうしよう、なんて返したらいいの?
「ありがとうございます」
わたしが返すことができたのは、当たり障りのない言葉だった。
そんなわたしにアリオは呆れることなく、嬉しそうに続けた。
「今日は私に任せて」
アリオが連れていってくれたのは、田舎町にはない、わたし一人だと足を踏み入れるのをためらいそうな場所だった。
通りの両面に立ち並んだどの店も、扉をとざしている。用のある人だけが入れる雰囲気だ。飾り窓に商品が飾られ、どんな店かわかるようになっていた。
歩いている人たちは皆、アリオと同じように綺麗な格好をしている。
わたしの格好は、このためのものだったんだ。アリオに恥ずかしく思われる格好じゃなくてよかった。
アリオは、ある店の前で立ち止まった。飾り窓に素敵なドレスが並んでいる。
「入るよ」
カランカランと心地よい音と一緒に扉が開くと、若い女性がわたしたちを迎えてくれた。そして奥から、四十代後半くらいの女性がでてきた。
「オネット神官、お待ちしておりました。こちらがそのお嬢様ですね。
はい、お任せください」
わたしは何を言うまもなく、店の奥の部屋へと連れ込まれていった。
衝立の向こうで下着だけにされ、わたしは寸法を測られている。
なんでわたしはこんなことをされているのだろう。こんな高級なお店で。
同じ部屋にアリオがいるのが、気配でわかる。助手らしい女性と、何かを話しているようだ。
四十代後半くらいの女性は、店のオーナー兼デザイナーのフィオナ・ハフ夫人だと紹介された。
「まあまあ、細い腰ですこと。お胸はそれなりにおありですから、綺麗なラインがでますね」
衝立の向こうから何かにむせたような音がした。大丈夫だろうか。
採寸のあとはいろんな服が運ばれてきて、とっかえひっかえ着てはアリオに見せるを繰り返した。
どの服を着ても、アリオはニコニコとしている。
「いいですね」「似合いますね」「イシルの顔色が映えますね」と、褒めているだけなのだが、いいのだろうか。
着替えが疲れてきた頃に、わたしは元のワンピースに戻って、アリオのソファにいざなわれた。
目の前には、今まで着たドレスが十着以上並んでいる。どこに着ていくのかわからない派手なものから、街着にできそうなものまで。どの服も上等な生地と仕立てなのが、わたしでもわかる。
「イシルは気に入ったのは、ある?」
「もうなんだかわからなくて」
「それでは、その水色のと緑のと、サイズを合わせてもらおう。それから」
助手の人たちがアリオが指した服を選び出している。
「その赤いドレス、もうちょっと形をシンプルにして色も変えたらどうだろう」
「このような形をお好みですか。お嬢様でしたら」
ハフ夫人はスケッチブックを取り出してデザイン画を描き始めた。
「胸元はもう少し浅く、そう上品に。ああ、そのように広がるのも綺麗だね。イシルの首が綺麗に見える。スカートはボリュームを抑えて。うん」
「さすがよくお嬢様のことをご存知ですね。もともとお持ちの雰囲気を壊すことなく、さらに引き立ちますね。
こちらでしたら、生地はこのようなものはどうでしょう」
ハフ夫人の指示で隣の部屋から運ばれてきたのは、すみれ色の柔らかい生地だった。そしてもう一つ、紫が少し強くなった薄い生地。
「この紫を飾りで使うことで、色重ねの効果がでます」
「うん、素敵だね。それにしよう。小物は任せる」
アリオはわたしを見た。それでいいかと確認をしてくれているらしい。わたしはこのような買い方は初めてだった。正直何を言っているのか、よくわからない。
しかたがないので、黙って頷いた。
このようなドレス、どこに着ていくのだろう。
「それから今までの中間くらいのもの。そう、舞台を見に行けるくらいの。夜用と昼用と」
「そうですね、それでしたら」
ハフ夫人がまたスケッチし始めた。わたしは思わず口を挟んだ。
「あの、もう十分です。それに費用が」
「ああ、費用は気にしないで。私はあなたの未来の夫だから。
それに、これでもまだ足りないな。
イシルは、ほとんど服を持ってないよね。神殿の中の儀式では聖女用の服で問題ないけれど、意外と一般的なドレスも必要な場所があるんだよ。
それに」
アリオがわたしの手を持ち上げ、甲に唇を触れさせた。
「私とデートのときは、おしゃれをして欲しいな」
ぶわっと熱くなったわたしは、そのあと何も言えなかった。
一日のうち、何回顔を赤くすればよいのだろう。わたしは今日を持ち堪えることができるのだろうか。
わたしがぼんやりとしている間に、アリオとハフ夫人の打ち合わせは終わったらしい。わたしは夫人に挨拶をして、店から連れ出された。
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