番外編2 神官アリオジェマ

第17話 アリオジェマの初恋

 本編のアリオジェマ視点です。



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 アリオジェマ・オネットは目の前の少女に目を奪われた。


 その少女は汚れた服を着て髪を一つにくくり、まるで農夫の娘の格好だったが、所作は上品だった。全身から滲み出る清涼さに、一目見ただけで心が洗われるようだ。



 レティオール神殿の神官アリオジェマはナバロガン神官と一緒に、見えないものが見え人の死を予言するという噂の少女に会いに、コトー村の地主の家まで来ていた。


 転移陣がない地域なので馬車で何日も揺られた。

 アリオジェマは、馬車の揺れは我慢できたが、ナバロガン神官の愚痴が苦痛だった。立場上逆らえない彼は、いつまでも続く愚痴にじっと耐えた。



 部屋に案内して茶をもてなしたあと、少女は退出してしまった。

 アリオジェマは、彼女が扉をくぐるまでその姿を追おうとして、仕事で来たことを思い出し自重した。

 彼の目の前に残ったのは、あの少女の両親とは思えない、着飾ってはいるが薄汚れた気配を醸し出している夫婦だった。一気に部屋が暗くなった気がする。



 話が終わって部屋を出て、馬車までのほんのすこしの時間だけ、アリオジェマは少女と話をすることができた。

 艶やかな声は耳に優しく響いた。力強く伸びた手足と日に焼けた肌から、日々身体を使っていることがわかる。


 ダメ姉と父親が言ったことから、少女が普段から虐げられているのがアリオジェマにもわかった。

 そのせいであろう、最初に見たときから、哀しみか諦めか、そんなもので瞳が曇っているのが気になった。だが、その奥に強い意志が輝いているのを、彼は見逃さなかった。


『彼女の身から溢れているものは聖女に値する。いや、浄化されたこの家の周りの状況を考えたら、それ以上だ。

 明日会う、噂の少女だという妹が浄化しているとも考えられるが……。

 いずれにしろ、ぜひ聖女候補として教育したい。このような少女こそ、聖女だ』


 アリオジェマは、自分が敬愛するレザールさまが近くの町の小神殿にいることを思い出し、そこに望みをつないだ。


「それではこんどフルプレヌに行ったときに、フルプレヌ小神殿に顔を出して、ぜひ神官に会ってください。

 オネットに言われたと、そう言ってくださればわかるようにしておきます」

『レザール・ノブルム神官なら、きっとこの少女を気に入る。聖女候補にふさわしい資質にも気づくだろう。

 どうぞこの少女が小神殿まで足を運びますように』

 アリオジェマは、彼女との出会いをこれっきりにしたくなかった。



 玄関から外に出ると、見渡す限りの清浄な空気がアリオジェマの全身を包んだ。

「気持ち良い場所ですね」

彼が心からそうつぶやいたとき、少女は表情をほころばせた。花が咲いたみたいだとアリオジェマは思った。


 この瞬間、アリオジェマは恋に落ちた。初恋だった。



 * * *



 今か今かと待ち焦がれた、もうダメかとアリオジェマが諦めかけていたとき、イシルが小神殿を訪れてそこで学ぶ手配ができたと、レザールさまから連絡が入った。


 レザールさまに教育してもらえれば、レティオール神殿で学ぶより何倍もよい。

 フルプレヌ小神殿であれば、きっとあの清浄さを保ったまま、いや、さらに清浄さを増すほどになるだろう。



 彼はイシルにすぐに会いに行きたかったが、神殿の仕事が忙しい。

 イシルの聖女教育を始めることは、ルルーやナバロガンには内緒にしておきたかった。


「じじぃに相談するか」

 アリオジェマは普段は頼らないレティオール神殿のリッシュ神官長と話をすることにした。



「リッシュ神官長さま、お時間をとってくださりありがとうございます」

「アリオジェマ。久しく声を聞いてなかったが元気だったかの。

 そなたは遠慮をしすぎる。そなたも私のかわいい子どもだ。たまには会いに来ておくれ」

にこにこ話すリッシュ神官長に、

『腹黒の子どもばかりだから、たまには私のような者もいると思い出したいのでしょうね』

と考えながら、アリオジェマは「はい」と言った。


 リッシュ神官長に嘘はきかない。正直に話すのが一番好印象となり、その後うまくいく。

 アリオジェマは、イシルの状態や彼が感じた気配、ナバロガンが引き取るのに反対をして連れてこられなかったことを、そのまま話した。


「なるほど。そなたがそれほど思い入れるのならば、教育した方がよいの。

 聖女は一人でも多い方がよい。たとえそれが我が神殿の聖女ではなくとものぉ」


 現世利益を第一優先にしながら、自分の神殿だけではなく国全体の利益を考えられるのが、リッシュ神官長の尊敬できるところだった。だからこそアリオジェマは相談に訪れたのだ。


「そなたが直接教育したいのであろう。

 ふ、そんな顔をすると邪な想いまであることが露見するぞ」

そう言われて、アリオジェマは自分の顔を片手でこすった。


「ほっほっほっ、まだ若いな。

 妹のルルーは美人だが、その姉も美人なのかな」

「いえ、ルルーのように華やかさはありませんが、日に向かってすくすくと伸びる若木の元気さと、澄んだ水のような凜としたところを併せ持っています。

 美人と言われれば……」

そのままアリオジェマは言葉を途切らせ、頬を赤く染めた。

「ふむ。言わずともわかるわい」

リッシュ神官長のニヤニヤ笑いが止まらない。

「いままで女性と浮いた噂一つない、むしろ女嫌いで通っていたオネット神官がのぉ」


 さんざんからかって気が済んだのか、リッシュ神官長は具体的に話を進めた。


 アリオジェマは、リッシュ神官長の機密扱いの用事で、しばらくの間フルプレヌ小神殿に通うということになった。期限は未定。

「行く前と帰ってきた後には、必ず私に会見の約束を入れるのじゃよ。私の用事ででかけるのじゃからな。

 そうさな、フルプレヌの甘い菓子でも土産に買ってきてもらおうか。食べると命が伸びるという噂の菓子店があるそうな。デザラ菓子店と言ったか。

 それが機密扱いの用事じゃ」


 リッシュ神官長の協力で、アリオジェマは他の神官に気取られることなくフルプリヌ小神殿に通うことができた。

 神官長のために毎月神殿を留守にする時間をとるために、神官長の鶴の一声で、いままで嫌味のように山盛りあったアリオジェマの仕事も、正常な量になった。おかげで、往復の時間と向こうで数日過ごす余裕が取れるようになった。



「神官長にはイシルのクッキーをきちんと持ち帰らないとな」

 アリオジェマは、融通を利かせてくれた神官長への恩は忘れなかった。


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