第11話 聖女姉妹

「なんであのダメ姉がここにいるのよ!

 しかも聖女で、次期大聖女ですって?」


 聖女認定の儀の後、与えられた部屋に戻ったルルーは暴れていた。部屋を仕切っていたついたてが倒され、クッションが一つナバロガン神官の頭に当たって跳ね返った。


「わたしのアリオジェマさまも、なんでダメ姉と一緒にいるのよぉぉぉぉ! しかも、抱きかかえてたじゃない。

 アリオジェマさまに抱かれるのは、わたしよ。アリオジェマさまは、わたしだけに微笑むのよ」


 ルルーはハアハアと息を乱しながらも、まだ止まらない。

「なんでダメ姉の推薦神官になっているのよ。レティオール神殿の神官じゃなかったの? なんで私の推薦神官じゃないの? なんであなたがここにいるの?」

 ナバロガン神官とともに推薦神官となった若い神官は、ルルーに胸ぐらを掴まれて困った顔をした。彼はオネット神官が推薦神官を辞退したので巻き込まれただけだった。


「まあまあ、プレリア聖女さま、落ち着きなされ。ほら、ソファーが整いましたぞ。まずはここに座って座って」

 部屋に散らばったクッションを拾い集めてソファーに並べ、ナバロガン神官はルルーの手を取ってソファーへと座らせた。

 ルルーは睨みつけながらも、おとなしく腰を下ろした。


 ナバロガン神官は、そんなルルーに笑顔で語りかけた。

「まずは、ルルー・プレリアさま、聖女認定おめでとうございます」

 そう言われて、ルルーもまんざらでもない表情になって背筋を伸ばした。

「やはり私の目は間違いありませんでした。

 あなたは紛れもなく聖女さま、レティオール神殿の聖女さまであらせられます。

 あなたをこの場に導くことができたのは、レティオール神殿と私の誉れです」


 ナバロガン神官の大げさな物言いに、ルルーはいつのまにか笑みを浮かべていた。


「ずっとオネット神官が何かこそこそとしていると思っていたら、まさかあなたの姉に肩入れしていたとは。

 フルプレヌ小神殿のノブルム神官は、レティオール神殿から逃げるように小神殿の神官になったのですよ。

 今回、オネット神官にあなたの推薦神官になるように命令したのですが、用があるとのらりくらりとかわされたまま、いつの間にかいなくなってしまい……。

 ルルーさまのご希望に沿うことができず、申し訳ありませんでした」

ナバロガン神官は、形式的に頭を下げた。


「オネット神官め、これはルルーさまへの裏切りになります。レティオール神殿に帰りましたらリッシュ神官長に言って処罰いたしましょう」

「それなら、しばらくわたしの側付きという処罰ではいかがでしょう」

ルルーは、オネット神官がルルーの手の甲に唇を寄せ許しを請い願う姿を想像し、とろけるような表情になっていた。

「聖女さまは大神官と同等の位であらせられます。仰せのままに」

ナバロガン神官は、もう一度頭を下げた。



 翌日午後、モルヴィニョン大神殿からレティオール神殿に戻ることに、ルルーは同意した。



 * * *



 ルルーがレティオール神殿に戻る日の午前中、イシルは東翼の一部屋でルルーと会った。

 イシルとノブルム神官、オネット神官、そしてカルネラ神官が待っている部屋の扉が、ノックもなく開いた。そしてルルーが飛び込んできた。


「アリオジェマさま!」

ルルーがオネット神官に抱きつこうとするのを、ノブルム神官がとっさに間に入って止めた。

「邪魔しないでください。わたしはアリオジェマさまにお話があるのです」

「わたしは、ない」

オネット神官が嫌そうに言い、ノブルム神官がオネット神官をかばうように彼の前に移動した。


「アリオジェマさま。アリオジェマさまは、レティオール神殿の神官でしょ。そこの聖女であるわたしの言うことには従うんですよね?」

 ルルーがさらにオネット神官に向かっていこうとするのを、若い神官がさりげなく止めた。

「なんでお姉ちゃんの側にいるの? お姉ちゃんの世話を焼いてるの? 私の神官なのに」


 ルルーの視線は、イシルに向いた。オネット神官は、イシルを守るように彼女の斜め前に立った。

「まさかお姉ちゃんが聖女だなんて……」

悔しそうなルルーの口調は、バカにしたように変わった。

「あんな小神殿の聖女なんて、やっぱりお姉ちゃんらしいね。聖女であってもダメ姉ね」


 そんなルルーをオネット神官がたしなめた。

「忘れたのですか。イシルは次期大聖女です。今でもすでに、あなたの上の立場ですよ。

 お控えなさい」

「アリオジェマさま。あなたこそ。

 神殿では聖女が一番偉いのでしょ」

ルルーの声は徐々に大きくなっていった。


「レティオール神殿では私が一番よ。そんな口をきかないで!

 それに、なんであなたがダメお姉ちゃんの味方をするのよ。あなたは私の神官でしょ。アリオジェマさまは、わたしの側に控えて、わたしだけに笑ってればいいのよ。

 なによ、わたしに笑い顔を見せたことないくせに、お姉ちゃんにばっかり笑いかけて」

「そうだ。オネット神官こそ控えるように。ルルーさまはそなたと私の所属するレティオール神殿の聖女であらせられる」

ナバロガン神官が尊大な表情で続けた。


「私はレティオール神殿から移ります。すでに大神官さまの内示はいただいています。

 ですから、あなたの命令をきく必要はないのですよ、ナバロガン神官」

軽く頭を下げてそう言い返したオネット神官は嬉しそうだった。

「なんで、なんでよ」

ルルーは悔しそう叫び、ナバロガン神官は歯噛みした。

 それを、ノブルム神官も嬉しそうに眺めていた。



「ルルー、お父さんとお母さんは元気?」

話が途切れたところで、イシルがルルーに聞いた。

「いろいろとうるさく言ってくるくらい元気よ」

ルルーは憎々しげだった。

「そう。これからもお父さんとお母さんのこと、よろしくね。二人はルルーだけが大切だから」

そう言ったイシルは悲しそうだった。


 ふん、とルルーはイシルに背中を向けて、扉へと向かった。若い神官はあわててそのあとをついていった。

「もうレティオール神殿には戻れぬぞ」

ナバロガン神官はオネット神官にそう言い捨て、ノブルム神官をちらりと見て、部屋を出て行った。


 姉妹の久しぶりの会話は、それで終わった。

「立場を重んじるはずのナバロガン神官は、名目上だけでも小神殿の神官長である私が自分よりも上であるとわかっているのでしょうかねぇ」

ため息交じりに言ったノブルム神官は、

「まあ、神官一人だけの神官長ですけれど、今は」

と付け加えた。



 ルルーとナバロガン神官、若い神官は、転移陣でレティオール神殿に戻って行った。

 ルルーはそこでずっと聖女として過ごすことになる。



 イシルは、引き続き大神殿で修行することになった。

 今度は、カルネラ神官だけでなく、大聖女からも直接学ぶことになる。

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