第10話 聖女認定の儀
気がついたらイシルが大神殿に来てから七日間が経っていた。
イシルは、毎朝毎晩拝殿で祈り、カルネラ神官から大神殿でのしきたりや作法をはじめとして色々なことを学んでいた。大神殿だからこその細かな決まりごとを一つ一つ覚えなくてはならなかった。
オネット神官は息抜きだと言って、時間をとってはイシルを神殿の庭に連れ出した。
神殿の敷地は広かった。庭もいくつもあり、趣が違って見飽きなかった。
ある日など、オネット神官は馬をひっぱってきて、イシルと相乗りで林の奥の泉まで行った。
初めての乗馬でイシルは楽しかったが、同時に、オネット神官の女性と違う香りと、背中にあたる彼の胸の温かさがなぜか恥ずかしかった。
イシルがそうやって過ごしているうちに、ほかの聖女候補が到着し始めた。
それぞれイシルのように西翼に部屋をあてがわれ、推薦した神官や、大神殿の指導神官と一緒に過ごしているようだった。
「今日、ルルーたちが来るようですよ」
その言葉に、大神殿の図書館から借りてきた本を読んでいたイシルは、顔をあげた。
久しぶりに会う妹。自分をダメ姉と見下していた妹。聖女候補と祭り上げられ、故郷に残した自分のことなど忘れてしまっただろう。どのような顔をして会ったらいいのか。
「ここでイシルに会ったら、どんな顔をするでしょうね」
オネット神官はニマニマと続けた。
「大丈夫ですよ。ルルーがどうなろうと関係ありません。
イシル、あなたは聖女になるのです。それだけですよ」
そっと肩に置かれたノブルム神官の手の温かさに、イシルの心は少しだけ落ち着いた。
* * *
イシルとノブルム神官が大神殿に来て十日後、聖女候補と神官達は拝殿の裏にある奥殿へと集められた。
そこは百人ほどがゆったりと入れる部屋だった。二柱の神を中央に、その左右の壁沿いに他の神々の像が並んでいる。
イシルは足首までの簡素な服を着せられていた。
奥殿に入ったイシルの目には、部屋中が虹色の光で溢れているようだった。
目の前の二柱の神の他、それぞれの神がさまざまな光をまとい、そのすべてがこの部屋に満ちている。
二柱の神の像を背に、男性と女性が座っていた。神官の衣装だが、あきらかに上質な服を身にまとっている。
その前に、聖女候補の少女たちが指導神官に付き添われて一人ずつ連れて行かれ、順に並んで膝をつき、頭を垂れた。指導神官はそのまま聖女候補の後ろに立った。
推薦神官は聖女候補たちの後ろに離れて立ち、大神殿の神官たちはそのさらに後ろで彼女らを見守っていた。
少女は、イシルの他に十数人いた。ルルーはイシルと離れたところにいるようだった。
イシルが聖女候補の列に並んだとき、後ろに並ぶ神官の中から、はっと息を飲む音がした。それにイシルは気づかなかったが、オネット神官とノブルム神官は、その音の方を向き、ほんの少しだけ口角を上げた。
そのまま頭を垂れたままでいるように言われたあと、正面の男性から声がかかった。
「皆、よく来てくれた。私は大神官プレザンスだ。
それぞれが神殿でよく学んできたと聞いている。その修行の成果と皆の資質をこれから判定する。
横にいる大聖女ラフィネから聖女と認定を受けたものは、今後、聖女と名乗ることを許される。修行をした神殿に戻り、より一層神へと献身するように。
聖女と認定されなかった場合は、もとの神殿で神官となるもよし、神殿を去るもよし。それぞれの希望を所属の神殿に言うが良い」
プレザンス大神官は、前に並んだ少女たちをぐるりと見回した。そして横にいる女性の方を向いた。
「さて、ラフィネ大聖女よ、始めるとしようか」
ブレザンス大神官の横にいた女性は、大聖女ラフィネだと名乗った。
「これから名を呼ばれたものは、顔を上げて一歩前へと進むように」
ラフィネ大聖女は名前を呼んでいった。ルルーの名もその中にあった。
「フルプレヌ神殿、イシル・プレリア」
顔を上げて膝をついたまま一歩前に進んだイシルを、ルルーが驚いた顔で見つめていた。
「以上四名が聖女となります」
ラフィネ大聖女が、イシルの方を向いた。
「そして、イシル・プレリア、あなたは次期大聖女です。努めて修行してください」
その大聖女の言葉に、ドキドキする胸を持て余していたイシルの頭は、真っ白になった。
大聖女は元聖女候補となった少女達を励まし、神官たちに労いの言葉をかけた。
それから大神官と大聖女は、椅子から立ち上がり奥横の扉から退出した。
「なんでよ、なんでダメ姉が聖女なのよぉぉぉぉ」
イシルの耳にルルーの声が聞こえたが、ぼんやりとしたままのイシルの意識には届かなかった。
名前を呼ばれなかった聖女候補たちは、指導神官と推薦神官と一緒にその部屋から出て行った。
ルルーもナバロガンともう一人の神官に抱えられるようにして奥殿から退出した。
イシルはその後どうやって部屋に戻ったのか覚えていなかった。ただ、肩を抱かれた手の温かさと、先日嗅いだのと同じ香りが記憶の隅に残っていた。
* * *
「思った通りでしたね」
「そうですね」
ノブルム神官とオネット神官は、嬉しそうに話していた。それをイシルはぼんやりと眺めていた。
一体なぜこんなことになったのか、彼女はわからなかった。
「お二方はこの事態を想定していたのですね」
カルネラ神官も嬉しそうな顔で言った。
「イシルの清浄さは、類を見ませんからね。癒しの技の能力を考えても、次期大聖女にふさわしいと考えていました」
そう言ったオネット神官に、ノブルム神官もうんうんと首を縦に振っていた。
「それよりも、ルルーも聖女になりましたね。今代の大聖女は懐が深い」
「ナバロガンのほくほく顔は気に障りますが、イシルが聖女、しかも次期大聖女と発表されたときの顔を思い出して我慢しましょう」
ノブルム神官とオネット神官の声は弾んでいた。
「エリアさまは、大聖女の立場に立たれたときには、清も濁も飲み込まれる方ですから。
ご自身があれほど清浄であられるのに、現世の富についても理解が深くていらっしゃいます」
神殿も清いだけでは成り立ちませぬので、と、カルネラ神官はすました顔で言った。
レティオール神殿には、現世利益を求める人々がよく訪れる。その人たちから高額の寄付と引き換えに神殿としてもいろいろなことを融通していた。
これからレティオール神殿の聖女となるルルーにも、そのように寄付の額によって扱いを変えることが求められる。それを受け入れ、さらに神殿ひいては大神殿に利益をもたらすには、ルルーは最適だった。
そのような事情を聞かされて、イシルはルルーの状況になんとなく納得した。
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