第9話 聖女候補イシル

 大聖堂の中は広かった。


 中央に広い通路がとられ、その両脇に何列もの長椅子。正面に神官が説教をする場所が設けられ、その向こうに大きな二柱の神様の像。

 規模は違うが、ここまでは小神殿と同じだった。


 大神殿では、左右の壁沿いに、中央に向かって開放された小部屋のような仕切りがあった。そのひとつひとつに神様の像があった。

 主神二柱以外の神を祭っているのだった。

 イシルには、その中もまたキラキラがいっぱい舞っているように見えた。


 中央の通路を通っていく三人の頭上に、キラキラが雪の様に降り注いでいく。



 真正面にある二柱の神の像は、イシルの目に燦然と輝いていた。光の中で表情がわかりにくい。だが、こちらを優しく見つめてくれているのがわかる。


「まずはお祈りさせてください」

ノブルム神官が、そう断ってから、ベンチの一つにぬかずいた。

 イシルも隣に並んで手を合わせた。


 そこから見上げる神々は、慈愛に満ちていた。暖かいもので身体を包まれていく。それは小神殿と同じような、それよりもさらに深いような。

 そこにずっと佇んでいたい心地良さだった。



「こちらへ」

二人が立ち上がると、案内してくれた神官が右側に促した。


 右壁中程の扉を開けると廊下があり、扉がいくつも並んでいる。小神殿と同じだった。そのうちの一つに二人は案内された。



 そこはこじんまりとした部屋だった。扉を入った正面には窓があり緑が見える。真ん中にソファとテーブル。案内してくれた神官は、そこへと向かった。

 窓を背にしたソファーに座っていたオネット神官が立ち上がった。

「無事に着きましたね」

彼はノブルム神官に向かって言い、

「待ってましたよ」

と、イシルに笑いかけた。

「いゃあ、長かったですよ。久しぶりで腰にきました」

ノブルム神官も、ほっとしたように応えた。


 促されて三人とも席に着いた。オネット神官はイシルの手をひいて、ソファーの自分の隣に座らせ、横の椅子にノブルム神官が、向かいのソファーに、案内してくれた神官が座った。

 小神殿以外の場所でオネット神官の横に初めて座ったイシルは、お尻がむずむずするような、胸がちょっとどきどきするような、変な気持ちだった。

 女性が入ってきて、四人の前にお茶が置かれた。



 案内の神官が改めて口を開いた。

「ようこそ、モルビニョン大神殿へ。

 私はミリアム・カルネラと言います。こちらの神官をしています。

 ノブルム神官さま、プレリアさま、長旅お疲れ様でした。こちらでひと息ついていただいてからお部屋へご案内します」


 そして、ノブルム神官の方を親しげに見た。

「と、型通りのご挨拶はここまでにして……。

 レザールさま、ご無沙汰しております。

 アリオから、宿泊は同じ部屋をご希望と伺いましたが、それでよろしいのでしょうか。

 もちろん、大きな部屋をご用意していますが」


 レザールと呼ばれたノブルム神官も、カルネラ神官に親しげに微笑み返した。

「ミリアム、お元気そうで何よりです。

 あの大きな宿泊用の部屋ですね。あそこならイシルとアリオと一緒で気持ちよく過ごせそうですね」

オネット神官に確かめるような視線を向けてから、ノブルム神官はうんうんとうなずいた。

「それではそのように」


 お茶を出したまま扉の横に控えていた女性にカルネラ神官は目配せをし、その女性は退室していった。



 イシルは三人のやり取りを、ぽかんと眺めていた。とても親しげに見えたのだった。

「ああ、イシルには言っていませんでしたね」

オネット神官が面白そうにイシルを見た。

「私とレザールさまは、大神殿でお勤めしていたことがあるのです。そのときにレザールさまは、私の指導神官だったのですよ。

 そしてこのミリアムは私の同期なのです。見習いの頃ですけれどね」


 イシルはノブルム神官を見て、オネット神官を見て、そしてカルネラ神官を見た。

「レザールさまと私はレティノール神殿に派遣されて、レザールさまはそこから小神殿へと移ったのです」

「まあ、左遷ですね」

とノブルム神官は続けた。

 イシルは何か話そうとしたが、言葉にならなかった。

「そのあたりは後ほど」

と、オネット神官は言った。


「というわけで、私のことはミリアムと呼んでくださいね。私もイシルと呼ばせていただきます」

 イシルは恐れ多いと辞退しようとしたが、にっこりと笑ったまま圧をかけてくるカルネラ神官に逆らえなかった。

「はい、ミリアムさま」

と小さな声で言ったイシルに、さらにカルネラ神官は笑顔の圧をかけた。

「ミリアムです」

イシルはひくっと喉を震わせて

「ミリアム」

と言った。


「えぇ、そしたら私もやっぱりアリオでしょう。ミリアムと同期なんだから」

オネット神官が拗ねたように言い、ノブルム神官も

「私もやっぱりレザール、せめてレザールさまで」

と追従した。

 イシルは内輪だけのときには、と妥協した。


 ここから先は部屋で、と、カルネラ神官の案内で三人は拝殿の裏を通って大神殿の西翼まで移動した。


 前を歩くカルネラ神官のあとに続きながら、どうしてこうなってしまったのかイシルは不思議だった。

 まさか神官さまたちを呼び捨てでお呼びすることになろうとは。

 その横を、オネット神官が機嫌良く、後ろをノブルム神官がにこにこと歩いていた。



 * * *



「こちらは拝殿の左にあたります。

 先ほどのところは東翼でお客様をお招きする公的なところ、この西翼は大神殿以外の神官の宿泊などプライベートに近い場所になります」

 カルネラ神官が案内したのは、西翼に並ぶ部屋の一室だった。

 真ん中に大きな部屋がある。そのほかに小さな部屋が四室あり、風呂とトイレと小さなキッチンまでついていた。


 三人それぞれの部屋を決め、中央の部屋で落ち着いてから、オネット神官が口を開いた。

「レザールさまはイシルにはまだ何も言っていなかったようですね。私から説明しましょう」

 オネット神官から伝えられたことは、イシルには信じられないことだった。



 イシルは聖女候補として、ノブルム神官とオネット神官の推薦で大神殿に来たのだった。

 大神殿では、数年に一回、聖女認定の儀が行われる。これから行われるそれに合わせてイシルは大神殿へと連れてこられた。

 以前聖女候補となってレティオール神殿に行ったルルーも、もう少ししたら大神殿に来る。他にも聖女候補が国中の神殿から集まって来るのだった。


「オネット神官……」

と言いかけて違うでしょうと首を振ったオネット神官に気づいて、イシルは言い換えた。

「アリオは、レティオール神殿の神官ですよね」

「ああ、私はルルーの聖女への推薦は断ったのですよ。私はイシルを推したいので。

 イシルは私が見つけてレザールさまと一緒に教育したのですからね。私たちの大切な人ですよ。

 ルルーにはナバロガンともう一人の神官がつきます」


 イシルにとって恥ずかしいことをさらっと言われた気がしたが、話がそのまま進むのでイシルも聞き流した。それでもイシルの頬は少しだけ赤くなっていた。


 カルネラ神官がそれを補足した。


 聖女候補は神殿で教育され、神官二人の推薦をもって大神殿で聖女認定の儀を受ける。聖女候補が聖女であることを認めるのは、大聖女ただ一人。

 聖女と認定される人数は決まっておらず、一人もいないときもあれば、連れてこられた候補全てが聖女になることもある。


「小神殿は神官が一人ですから、本来聖女の教育は行われません。

 そこをあえて小神殿で教育したということは、何か思惑があるのですよね」


 カルネラ神官に問われたオネット神官は、にやりとした。

「ナバロガンがレティオール神殿へイシルを連れて行くのを拒んだからな。これ幸いとフルプレヌ小神殿へと行ってもらった。

 レティオール神殿では、イシルは潰されかねなかったから、私はいい具合にことが運んだと考えている。女神様がお導きくださったのだろう。

 聖女としての教育は、私とレザールさまで終えているから、安心していいぞ、イシル」

イシルに向かってうんうんと頷き、オネット神官はカルネラ神官に顔を向けた。


「聖女認定の儀への参加条件は、神官の推薦者二名がいることだったな。癒しの力が発現していればなお良し、と」

「はい、その通りです」

とカルネラ神官が答えた。

「癒しの力については、イシルはすでに充分すぎるほどの実績がありますからねぇ」

ノブルム神官が満足げに言った。



 ナバロガン神官と考え方があまりにも違いすぎるため、ノブルム神官は小神殿へと追い出されたのだとオネット神官は続けた。派閥争いに負けたとのことだった。

「派閥争いは、奸計に長けたものが勝つからな」

と言ったオネット神官は、ちょっと悔しそうだった。言われたノブルム神官は、飄々としていた。

「なるようになるのです。おかげでイシルをこうして聖女に教育できたでしょう。

 あなたがあのときレティオール神殿に残ってくれたから、イシルを聖女とすることができたのですよ、アリオ」


 聖女聖女と連呼されて、イシルはぷるぷると首を振った。

 聖女候補と言われただけで体が震えるのに、まだなってもいない聖女だと言われて、身の置き場もなくなってしまう。


「アリオの話を聞いて、私はあなたの大神殿での指導神官に立候補したのですよ、イシル。

 私もレザールさまやアリオと同じ考え方ですから。彼らが強く推薦するならば、間違いない方であると信じられます。

 まだまだ覚えることがいっぱいで大変かもしれませんが、がんばりましょうね」

 頭は真っ白だったが、自分の指導神官と聞いてイシルは慌てて頭を下げた。

「どうぞよろしくお願いします、ミリアムさま」

「ミリアム、でしょう」

めっと言うようにちゃめっけたっぷりに顔をしかめられて、イシルはどうしたらいいかわからなくなっていた。

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