第3話 ルルーの見ているもの
やがて時が経ち、イシルが十五歳、ルルーが十二歳になっていた。
ルルーはフルプレヌ町の学校に通い、授業が終わったあとも、町の友だちと遊んでいた。帰りが遅くなり暗くなり始めると、父のセーヴが一本道を迎えに行った。
イシルは学校を卒業し、両親に
『おまえは家の仕事をするんだ、跡取りなんだから』
と言われて、家の仕事を本格的にするようになっていた。
両親の頭の中では、イシルが婿をとってこの家と土地を継ぎ、身を粉にして働くことになっていた。
イシルを家にしばりつけ、ルルーは自由にさせる。ルルーは、時期がきたら苦労しない嫁ぎ先を探して土地の一部を持参金に嫁に出すつもりだった。
使用人に混じって畑や牧場で働く他に、今まではあまりしてこなかった家事もするため、イシルは、小川にいるキラキラした見えない友たちに会いに行くことがなかなかできなかった。
それでも畑で雑草を抜いていると、ジャガイモの葉が揺れるのと一緒にキラキラが舞ったり、畑から立ち上がって見える野原に、光の玉がいっぱいふわふわと浮かび上がっているのが見えて、イシルはふわりと笑うのだった。
その日は、ルルーと迎えに行った父の帰宅を待って、イシルは空きっ腹を抱えていた。
今ではルルーが帰宅してやっと、夕食が食べられる。いっぱい働いてお腹がどんなに空いていても、その前にイシルだけ食べることは許されなかった。
イシルが学校に行っていたときは、学校の先生の用事で帰宅が遅くなると家族の夕食は終わっていて、冷たい食事を一人で食べていたのに。
ちりっとした胸の痛みを抑えるかのように、『どうせわたしはひとり』とイシルは心の中で呟いた。
「あなたはお姉ちゃんに似なくてよかったね、ってベレニのお姉ちゃんが言ったよ。
わたしもほんとにそう思った。だってお姉ちゃん、つまんないんだもん」
遅い夕食の席で、やっと父と共に帰ってきたルルーが今日の報告をしていた。
『ベレニの姉だったら、ティアヌだったはず』
イシルはそう思い出していた。
『ティアヌは男の子たちにもてて女友だちのいないタイプだ。今は居酒屋で働いていて、今度は誰とくっついた、元鞘だ、とか同級生の間で言われてる。
彼女なら、わたしもわたしの友人たちもつまんないと言うだろうな』
イシルはそう心の中でつぶやいた。
「ルルーはお友だちが多いから、イシルと違って楽しみね」
「男とはあまり仲良くなるなよ」
「大丈夫よ、みんな優しいから」
父と母の言葉に、ルルーは応えている。
『わたしにも友だちはいっぱいいるわ。ただ遊ぶ時間がなかっただけよ。ルルーみたいに遊んでいるのは許されなかった』
イシルは反論を胸にしまった。
イシルは、学校に通うようになった頃から、家の仕事の手伝いを両親に言われてするようになっていた。それまでの子どものお手伝いと違って最後まで責任をもたなくてはならない。
学校が終わってから町で遊ぶなど、許されなかった。
『ルルーはどんなふうに友だちが見えているのだろう』
イシルはふと思った。
通学するルルーと一緒に町に買い物に出る日、イシルはずっと疑問に思っていたことをルルーに聞いた。
「ルルーはお友だちや他の人のことがどう見えているの? 何か見えないものが見えているんでしょう?」
にまっと笑ったルルーは、まるでイシルを見下しているように見えた。事実見下しているのだろう、自分が見ているものが見えていないという一点で、かわいそうな姉、ダメ姉と。
「これは、お姉ちゃんにだけ話すんだからね。お父さんやお母さんにも言ってないんだからね」
聞かれないからだけど、と、ルルーは心の中で付け加えた。
「お姉ちゃんにはわからないだろうけれど、みんな見えないものを持っているわけじゃないんだよ」
まるで教え諭すように、ルルーは話し始めた。
「わたしが一番よく見えるのは、黒いもの。人の体にへばりついているの。
それが身体中にある人は悪い人なんだ。だから近づいちゃだめなの。
頭も顔も全身まっ黒に包まれて、その人の周りに黒い霧みたいなのがある人は、これから死ぬ人。
町の中にも、ときどき黒いものがいるね。道に黒いものがいっぱいあるところは、事故が多いの。お店全体が黒くなっているのは、近寄りたくないな。家もときどき黒いものが付いているのがある。
赤黒いのも見えるよ。これは男の人が多いの。ニヤニヤしたおじさんとかは嫌な感じ。ベレニのお姉ちゃんの体にときどき、これがぺちゃってくっついているんだよね」
「くっついているのと、本人が出している?のとわかるの?」
「うん。違うもん。説明できないけど。
いろんな色があるけれど、気にしていない。
あ、同じくらいの年の男の子で薄い赤がある子は優しくしてくれるから友だちになるの」
その言葉を聞いたときに、イシルの背中がざわりとした。
イシルには、それがあまりよくないものであると感じた。だが、何か言ってもルルーはきかないだろうと思い、口にするのをやめた。
かわりにこう聞いた。
「お友だちはみんな薄赤いのがあるの?」
「そんなわけないじゃん。
ほとんどの人は黒いのをちょっと持っているの。黒いのって、いっぱい持っていると危ないけれども、いっぱいじゃなければ持っていた方が楽しい人なんだよ。
だから、わたしは黒いのを少しよりはいっぱい持っている人を選んでるの。この程度が難しいんだよね。
友だちでも、黒に焦茶色が混じっている人は、わたしが何を言ってもやってくれるから、好き。
お姉ちゃんの友だちって、みんな黒いの持ってないじゃない。つまんなくないの?
あ、お姉ちゃんも黒いのもってないから、お互いつまんなくていいのか」
『そうか、わたしも友人も黒いのはないのか』
ルルーが勝手に納得した言葉に、わたしは安心した。
ルルーの言っている黒いものは、きっと良いものではない。
「お父さんとお母さんは?」
「お父さんもお母さんも、少し黒いよ。もう少し黒いほうが楽しいのにね。
わたしが、お父さんとお母さんが黒くなるようなことをすると、やっぱり黒いのが増えるんだけど、すぐに戻っちゃうんだよね」
それほど黒くないんだとイシルは安心したが、その後のルルーの話にイシルは驚いた。
ルルーは黒いものを操ることまでしているらしい。
見えるのだから、どうすればそれが増えるのかわかるのだろう。
「減らすことはできるの?」
イシルの言葉に、ルルーはせせら笑った。
「まさか。黒いものは増えるだけだよ。減らないよ。なんでお母さんとお父さんのが減るのか、わからないんだよね。
そういえば、たまに、そろそろ死ぬなと思っている人が黒いのが減ったりするんだよね」
心底不思議そうに、ルルーは首を傾げている。
『もしかしたら』
とイシルは思った。
『わたしが話しに行って死ななかった人のことかも』
「今日は、シャルのことをみんなでシカトするの。そうするとシャルに青くて黒いのが増えるんだ」
同級生を無視する行為を楽しそうに言うルルーに、イシルは眉をひそめたが何も言わなかった。
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