第2話 コトー村の姉妹
イシルとルルー姉妹の家族はコトーという小さな村の地主だった。人を雇って広い畑を耕し何頭かの牛も飼っていて、収穫物や乳を近くのフルプレヌ町で売っていた。
イシルとルルーは、そこのお嬢様だった。三つ違いで、姉妹が小さいときはルルーがイシルの後ろをちょこちょことついて周り、可愛らしい姉妹だと、コトー村だけでなくフルプレヌ町の商店街でも評判だった。
だが、やがて両親はイシルをダメ姉と蔑むだけで、ほぼいないものとして扱いはじめた。
食事は食堂で食べるので顔を合わせるのだが、イシルが七歳になる頃には、用事がなければ両親はイシルに声をかけなくなった。
両親に無視され続けたイシルは、できるだけ両親の目につかないように行動した。目の前にいるのに視線が素通りするのは、イシルにはつらすぎた。
一人になりたくなかったイシルは、使用人の横で仕事をしている様子を眺めていた。
やがて簡単なことを手伝わせてもらうようになった。イシルは使用人の手伝いをするのが楽しかった。
まだ小さいイシルは仕事の邪魔になるだけだったが、使用人は「イシルお嬢様、お上手です」と優しかった。
妹のルルーは、両親に溺愛されていた。綺麗な服を何着も持ち、まだ学校に行く前なのにすでにアクセサリーも買い与えられていた。
ルルーのわがままは、両親にとって都合が悪くなければ、そのまま受け入れられた。
ルルーを綺麗に着飾らせてフルプレヌ町の繁華街を連れて歩くのが、姉妹の母セヌアの趣味だった。
イシルの学校の必需品の買い物でさえ、着飾ったルルーとセヌアの後ろを、使用人のような格好のイシルがトボトボと歩くのだった。
イシルもまたプレリア家のお嬢様だと知っている町の人たちは、眉をひそめてその様子を眺めていた。だがセヌアはそれに気づかなかった。
家族で一緒に出かける必要があるときはイシルも連れて行かれた。そんなときも、両親はルルーしか目に入らなかった。ご家族四人と言われると、彼らはイシルを振り返って不思議な顔をするのだった。
甘い両親のせいで、ルルーは傲慢でわがままなお嬢様に育った。
イシルたちの住む家の近くには、小川が流れていた。
河岸から水辺まで降りる細道があり、川のほとりの岩にしゃがんで洗いものをしたりできるようになっていた。
そこから少し離れた川辺に、大きな柳の木があった。道から入り込むことはできるが、直接見ることができない場所で、イシルの好きな場所だった。
柳の根元で、イシルは休憩していた。
イシルの服は、成長期の彼女にはすでに小さく、つんつるてんだった。くたびれて擦り切れ、ところどころ歪な縫い目で繕われていた。使用人に教えてもらいながら、イシルが自分で縫ったのだった。
そのワンピースを使用人がこっそりとくれたエプロンが覆っている。
「さみしいな」
イシルから小さな声が漏れた。柳の枝から、光がキラキラとイシルに舞い落ちた。
「なぐさめてくれるの?」
イシルは光が落ちてきた柳の枝に向かって言った。
もう一度、キラキラと光が舞い落ちてくる。
『わたしがついている』
「ありがとう。ソール」
イシルの目に、涙が滲んだ。
川の表面にも光が舞った。
『わたしもいるわよ』
「ありがとう、リュイ。そうね」
優しくしてくれても、使用人にとって自分は主人の家族だ。立場が違う。家族は誰も自分を気にかけない。
『わたしは一人』
イシルの心には、いつもこの気持ちが沈んでいた。
見えない友人たちは、イシルのことを気にかけてくれて、あたたかいものが寂しさを少し小さくしてくれる。それでも、その気持ちは消えなかった。
イシルは浮かんだ涙を瞬きで追払い、立ち上がって土を払った。
「休憩、終わり。またね」
と言って、イシルは家へと戻った。そろそろ牛の世話の時間だ。
牧舎に帰ってきた牛の一匹一匹に声をかけながら体を拭くのが、イシルは好きだった。牛がイシルに懐いていたので、使用人たちもイシルが世話をするのを暖かく見守った。
イシルを見送っている丸く細長い光やキラキラは、イシルにしか見えなかった。
イシルが幼い頃、畑の上にいっぱいふわふわと浮かんでいる光の玉を指差し、
「おかあしゃん、キラキラ」
と母に伝えたことがあった。母は
「何も見えない、嘘をつくな」
と怒った。
そんなことが何回もあり、イシルは、光が見えることもそこから言葉が聞こえることも、口にしなくなった。
柳のキラキラはソール、小川のキラキラはリュイだと名前を教えてくれて、他の人に名前を教えないようにと口止めされたが、その必要はなかった。
彼らやキラキラが見えるのを、イシルは母に叱られて以来だれにも言っていなかった。
ルルーが、見えないものが見えると褒めてもらえることが、イシルには不思議だった。だが、きっと両親にとって妹と自分は違うのだと考え、諦めた。
実はイシルがキラキラが見えると言っていたことで、両親は、見えないものが見える二人目のルルーの言葉を、受け入れることができていたのだった。
ルルーが生まれる前に口にしなくなったため、イシルがキラキラを見ていたことは両親は忘れてしまっていた。
いつも妹のルルーが褒められ自分は貶されることも、無視されることも、イシルは諦めて何も言わなかった。
ただイシルの中には、妹とわたしは違うんだという思いがあった。
「さみしい」
その気持ちをイシルの口から聞いたのは、イシルだけが見えるソールとリュイだけだった。
* * *
イシルとルルーの両親は、見えないものが見えるルルーは特別な子だと考えていた。
ルルーが六歳になったある日のこと、見知らぬ人が家を訪ねてきた。母親と家にいたルルーは、
「はいっちゃだめ」
と泣き叫んで家に入れなかった。
その人が村からいなくなってしばらくして、詐欺師であったことがわかった。家に招き入れた村人は、いい話があると丸め込まれて貯めていたお金を盗み取られた。
また両親とルルーが道を歩いていたとき、前から来る人を見た途端にルルーが怯えぐずって、どうしてもそれ以上進まなかったことがあった。彼らは一旦戻って脇道に抜けて帰った。
その人は、ルルーや両親がいた場所を通り過ぎ、次に行き合った人を刃物で刺して逃げた。
何人も知らない人を殺しては逃げている人だった。
両親はそのたび、ルルーに何回も感謝した。ルルーのおかげで助かったと言った。
詐欺師がその村を訪れた日、イシルは両親に隣のフルプレヌ町に買い物に一緒に行って欲しいと頼んだ。学校で使うのに買わなくてはならないものがあるから、と。
イシルはなぜだかその日は家族で買い物に行かなくてならないと焦燥感に駆られた。いつもは父か母の許可をもらい、お金を預かって一人で出かけるのに。
みんなで行こうと何度誘っても、両親は行く必要はないと言った。それでイシルは一人で町まで出かけていた。
もしみんなで買い物に行っていたら、詐欺師が家に来ても使用人しか家にいなかったはずだった。
家族が殺人鬼に出くわしたときは、イシルは家で留守番をしていた。「家族四人皆様で」と父の友人から誘われていたのだったが、置いて行かれたのだった。
訪問は明日にしたほうがいいとイシルは言った。朝、出かけたくないと突然思ったのだ。出かける支度をしようとするだけで、身体が硬直した。
「何を馬鹿なことを言っているのだ、お前のわがままは聞かない」
と、両親はイシルを無視して出かけた。
イシルの言う通りに翌日に用事を延期していたら、そもそも道で殺人鬼には会わなかった。
そんなある日、ルルーは死を予言した。村の働き盛りの男が変だと言ったのだ。
「まえにそうなっていたおじさんは、しんだの」
その人はその1週間後に突然亡くなった。
ルルーが人の死を予言するようになっても、両親はその死を予言された人やその家族に対しては何も警告しなかった。ただ、その人が危ないとルルーが言ったと広めた。
徐々に、見えないものが見え死をも予言する子どもと、ルルーは噂されるようになった。
イシルは、ルルーの表情や言ったこと、対象となった人の顔色や雰囲気を観察するようになった。
ルルーが顔をしためたり目をそらしたりする人は、顔色が悪く生気がなかった。その状態がひどくなると、ルルーはあの人は危ないと言うのだった。
そんな人からは、イシルは、強烈な気持ち悪さを感じたり深い悲しみを感じたりした。たまに空っぽになってしまったような感覚もあった。
イシルは、ルルーの注意を引いた生気がなくなった人のうち、悲しみや空っぽな感覚の人を学校帰りに訪問するようになった。
子どものイシルは、摘んだ野の花を手みやげに、その人に会って話を聞いた。イシルと話をするだけで、その人に生気が戻ってくるのだった。
そうやってイシルが会った人たちは、その後ルルーに死を予言されることがなかった。
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