第74話 アカどものコラボ②(with 政木)

「僕の好み、というと……?」


 企画の説明が少し続く。

 問題児二人はいまだにミュートのままである。


「今回の企画は、政木さんに勝敗を判定してもらう予定です」

「ふむふむ」

「具体的に言うと、はじめに何らかのシチュエーションをお題にします。『一緒に学校まで登校する』とか『デートで遊園地』とかそんな感じですね」

「恋人を想定したシチュエーション、ですね……」


 政木は少し嫌な予感がしたが、表には出さなかった。

 林檎はそれを見ながら続ける。


「それに対してどんな形で話し始めるのか、どんな行動をするのか二人には考えてもらいます」

「なるほど……」

「それでどちらの受け答えの方が良かったかを政木さんに判定してもらう、ということです」


 つまり今回の勝負の勝者は、『いかに政木の好みを理解しているか』で判断されるということだ。


 リスナーも『これなら夕暮さんにもワンチャン?』『泥試合にならないといいけど……』などと先が見えない期待感を示すコメントが多く残されている。


「でも僕の主観に影響されるんですけど……いいんですか?」

「大丈夫です。これは政木さんの彼女にどちらがふさわしいか、という戦いなので」

「え、あ、はい」


 ルール説明を終えたところで、夕暮と水都のミュートが解除される。


「っしゃぁぁぁいくぜおらぁぁぁぁ!」

「……勝つ」


 おりから放たれた猛獣たちが動き出す。

 やる気は十分だった。


「えっと、ちなみにこれって何か賭けているんですか? 勝ったら何かもらえるとか」

「いえ、何もないですよ? 単純に彼女たちはアホなのでそれっぽい言葉を言ってき付けただけです」

「そ、そうなんですね……」


 この会話は夕暮と水都の耳にも届いているはずだったが、不満は特になさそうだった。


「では最初のお題はこちらです」


 そして最初に配信画面に表示されたお題は、


『夜遅くまで残業をして帰ってきた夫』


 だった。


「ではまずは水都さんからお願いしましょう。大丈夫ですか?」

「もちろん」

「——じゃあスタートです」


 音楽が変わる。






『ここは一般的な家族向けの家。愛する夫は今日も残業で、家に帰ってきたのは日付を回る頃でした』


 林檎のナレーションに従って、演劇のようにシチュエーションが始まる。


『子供も寝静まった頃、玄関の扉が開く音が聞こえました』


 続いて政木のセリフから始まる。


「た、ただいま〜」

「おかえり、あなた」


 ぎこちない演技の政木に対して、水都は既に役に入り込んでいた。


「ごめんね、えっと、遅くなっちゃって」

「いいの。大丈夫。あなたをこき使っている会社はそのうち私が潰すから」


「なんか物騒ぶっそうなセリフが聞こえたぞ」


 ちなみに夕暮は観客だ。

 ナレーションを林檎が務めているので、夕暮は一人で感想をダダ漏らしにしている。


「ご飯はもう食べた?」

「え? あ、えっと、食べたよ。も、もしかして作っちゃった?」

「大丈夫。保存して食べられるものにしたから」


 気の利いたことをしている水都。これにはリスナーの評価も高く、『やるやん』『これは普通にありがたいやつ』『うちの嫁とか連絡なしで帰ると朝食は抜きにされるからな……』などと称賛の声が送られていた。


「へえ、やるじゃんあいつ」


 上々の立ち上がりだ。夕暮も感心した声を漏らした。

 しかし、そう一筋縄でいかないのが水都。


「ねえ、あなた。ひとついい?」

「ん、なに?」


 真面目な顔で言う水都に、政木は首をかしげる。


「家に帰ってきたんだからせ○くすしよう」

「水都さん⁉︎」


 そして爆弾発言をかました。


「ぶふ——っ。こ、こいつ何言ってんだ‼︎」

「ちょ、ちょっと水都さん⁉︎」

「ねえいいじゃん。せっかく家に帰ってきたんだからさ」

「どういう論理なんですかそれ!」


 暴走する水都。しかし声のトーンだけは変わらず低い。

 むしろ周りで騒いでいる夕暮や政木の方が動揺している。


「夫婦がそういうことをするのは普通でしょ?」

「ぜ、全然シチュエーションと関係ないだろ! 家に帰ってきてなんですぐにエロに持ってくんだよ!」

「夫婦は家にいたらヤリまくってるの、知らないの?」

「お前、全国の夫婦に謝れ!」


 抗議をする夕暮に水都は淡々と返す。

『水都氏、自由すぎて草』『誰だこんなやつを連れてきたのは』『林檎さんが静観キメてて草』とリスナーもその暴れっぷりに若干引いている。


「とにかく中止! こんなの政木くんによくない!」

「まあ月日がそこまで言うならそろそろ止めましょうか」

「お前はさっさと止めろや!」


 珍しくツッコミ役に回る夕暮。

 政木は後輩の教育を間違えたかと頭を痛めている。


 しかしこれで水都のターンは終わりだ。


「それなら手本見せてよ、あなたが」

「言われなくてもやるわ! いいから見とけよ!」


 自分の番が終わった水都に挑発ぎみに言われ、夕暮は声を張り上げる。


「はいじゃあスタート」


 そして林檎の声で同じように寸劇が始まった。


「ま、政木くん……。おかえりなさい。お風呂にする、ご飯にする? それとも……わ・た・」

「はいしゅーりょー。月日の番は終わりですね」

「おいちょっと待て。なぜ最後まで言わせないんだ⁉︎」

「それもうネタとしてこすられすぎて面白くないんですよ」

「お前も多方面に喧嘩売っていくなぁ⁉︎」


 協議の結果、最初のシチュエーションは水都の勝ちということになった。

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