第71話 夕暮・オン・ザ・ソロ②
「そういえばさー、気になることっていうかまあ別にそこまで知りたいわけじゃないけど興味ある、ってことがあるんだけど」
リスナーとの喧嘩タイムを終え、夕暮はお茶を飲んでから別の話題を始めた。
「あ、ちなみに政木くんの話ね。わかってると思うけど」
一応前置きを入れる。『わかってないんだが』『こいつ最近ほんと政木の話しかしねえよな』『もう政木に
ちなみに最近は、夕暮の配信に政木の名前が出ないことの方が珍しい。
別に狙って政木の話題を出しているわけではない。単に夕暮の1日のスケジュールのうち少なくとも4分の1が政木関連のこと(内訳:政木の過去配信視聴2時間、政木の配信視聴2時間、お手製の政木グッズ作成2時間)なので、政木の話題を避けることの方が困難なだけである。
ちなみにその影響で、夕暮リスナーの大半は政木の配信を見ているし、政木のチャンネル登録者数は勢いが衰えることなく増え続けていたりもする。
「それで気になることなんだけど、この前初配信を見ようって企画したじゃん? そのときふと思ったんだけどさ、政木くんってどうしてVtuberになろうと思ったんだろう」
夕暮はありがちな疑問を、リスナーにぶつける。
Vtuberは普通の正社員になるよりも理由が要るものだと夕暮は思っている。大きな事務所に入らない限りはお金にならないし、夕暮が所属している事務所も今でこそVtuber最大手の事務所ではあるが夕暮が入った時は全く知名度がなかった。
それにVtuberには初期費用も多くかかる。配信用のPCは10万円を超える。個人のVtuberになるのは、とても勇気のいることだ。
それに、普通の配信がしたいならわざわざVtuberになる必要がない。顔を出して配信者になれば済む話だ。
そしてそもそもの話ではあるが——。
「政木くんほどまともな人間が、Vtuberになる理由がないと思うんだよねえ」
夕暮の持論は、これだった。
要するに、わざわざ真っ直ぐな道を歩いてきた人間がVtuberになる意味が、夕暮にはわからないのだ。
夕暮もそうだが、多くのVtuberは何かしらドロップアウトした経験がある。夕暮の場合は成績不振とそもそもの性格がゆえに高校を中退していたりする。
夕暮の友人である林檎も高校までは卒業しているが、大学で大学生のノリについていけず中退を選択している。
他にも子供の頃に不登校だったり、会社をクビになったり、社会に馴染めなかったりした人間が多い。ただそれは社会全体を見ても珍しいことではなく、むしろ全ての経歴に負い目がない人間の方が少ないだろう。
だからこそその数少ない側の人間である政木がこの世界を選んだ理由が、夕暮にはわからなかった。
「『高校時代に彼女と別れたのがきっかけで、人間不信になったって言ってなかった?』あ〜まあそれはひとつあるかもね。たしかに話すのが苦手って言ってたもんな、なおこれはデビューして3回目の配信を参照」
コメントを拾いつつ、その内容に思いを巡らせる。元から答えなんて出す気がない。色々妄想して、政木のことをもっと知った気になりたいだけだった。
まあその発言内容に『気持ち悪いなあ』『政木のことならなんでも知ってるぞこいつ』『普通に同業者じゃなかったら捕まってるよね』などとリスナーはドン引きしていたが。
「『収入アップのための副業?』あー……いや、ないわ。つーかこいつ全然わかってねえわ固定コメントにして晒しあげとこ」
ちなみに夕暮はたまにリスナーを過度にいじることがある。今のように見当違いなコメントであったりTHE・アンチコメントみたいなものを拾っては徹底的に叩くことがある。というかそのノリがたまにリスナー内で生じることがある。
ただ誰彼構わずするわけではない。ちゃんと、「メンバーシップ」と呼ばれる月額課金勢、つまり夕暮に対してある程度好意を持っている人間を選んで行なっているので問題はない。
……メンバーシップ以外の人間と喧嘩をするのが普通ではあるのだが。
「まあ副業関連の理由であるとしても、もっと働きたいとかだろうけど……それじゃあVtuberにする理由もないからね」
夕暮は理論立てて考える。
珍しく筋の通った発言にリスナーからも驚きの声が上がっていた。中には人が変わったんじゃないかと言う人まで出てきたほどだ。
——実際のところはただ
「というか政木くんがそんな考えなしにVtuberを始めるとは思えないんだよね。もっと深い理由があるような……」
人間不信、というのはいい線ではあるものの、高校時代のことをそこまで引きずるのかという疑問はある。
お金目当て、というのはVtuberを始めるには少し弱い動機。
だとしたら、あと考えられるのは……。
「もしかして————私に近づくため、か」
正解から遠のいていく夕暮の配信は、今日も平和でした。
『自意識過剰乙』『お前と付き合いたくてVtuber始めたやつなんて一人もいねえわ』
『普通に政木に謝れ』『でしゃばんな』などと少し強い言葉も、ところどころに散見されていたらしい。
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