第70話 夕暮・オン・ザ・ソロ①
夕暮は政木と絡むようになってから、コラボ配信の割合は多くなってきた……というレベルではなく、ハッキリとコラボ配信の方が多くなった。
がしかし、彼女も一人の配信が嫌いというわけではなく、気が向いたら配信をするくらいにはリスナーと話すことに好意的だった。
「今日は久しぶりにマシュマロ食べていくか〜!」
大企業Vtuberにはあるまじき、思いつきの配信。配信を決めたのはつい30分前だ。他の『スタバ』に所属する配信者は、1週間のスケジュールを事前にリスナーに見せていることを考えると、いかに夕暮が怠惰であるかがわかる。
だがかえってこのラフさが心地いいと集まるのが夕暮のリスナーたちだ。
「最初のマシュマロは、こいつだ! 『夕暮、最近暇なとき何してる? 俺? 俺はパチンコや』パチカス乙。……うーん、最近なにしてるかなー」
リスナーの近況報告はあっさりと終わらせて、自分のことを話す夕暮。
しばし考えた後に、ぽんと手を叩いた。
「最近はあれだ、ウ○娘。オグリがかわいいの、わかるかお前ら?」
夕暮は強要するかのようにリスナーに問う。リスナーも『はいわかる』『夕暮に一生ついていくか』『普通にテイオーステップを踏め』『はぁ全く分かってねえなこの女』と同じ話題で盛り上がっている。
「ちなみに今度オグリの新衣装出るらしいじゃん。裏でガチャするからまた報告するわ〜」
ちなみにソシャゲのガチャ配信は視聴者が多く集まるので、一般的にはおいしい配信ネタのひとつである。
しかし夕暮は過去にガチャ配信でリスナーから運の悪さを煽られすぎたため、裏、つまりは配信外でガチャを引くようになった。
「つーかよくマシュマロで『配信外ではゲームはしてませんか?』とか訊かれるんだけど、普通にしてます。むしろ配信外ではゲームしてるか政木くんの配信見てるかベッドでゴロゴロしながら政木くんの配信を見てるかだから。舐めんな」
配信外繋がりで別の話にいく。夕暮は普段からこういう形で話題が飛ぶことが多い。多分ただただ質問に回答するだけでは、夕暮自身が話していてつまらないのだろう。
リスナーもその流れはよく知ったものなのか、『ゲームしてるのをここまで誇らしく言う人間は初めて見た』『大体政木の配信じゃねーか』『誰も舐めてないが?』と自然に対応する。
「はいつぎー」
夕暮は面倒臭そうに、配信画面上のマシュマロメッセージを入れ替える。
「次はこれ。『最近政木の後輩の
続いて話題にあがったのは政木と同じ事務所の配信者、水都
彼女は政木を追いかけて『トリミングV』に所属し、初配信で政木のことが好きだと言って炎上したライバーである。
その炎上以来しばらくは配信活動をほどほどに抑えていたのだが、最近はまた精力的に活動をしていた。
それからは元々の声の良さ、図太い性格、ツッコミもこなせる器用な人間として人気を徐々に集め、今は政木に続いて『トリミングV』で二番目の登録者数を誇っていた。
そしてそんな水都のことを夕暮は「名前だけ知っている」と口にしたが、これは嘘である。
夕暮は彼女のことを”とても”意識していた。理由は二つ。
一つ目は商売
Vtuberにおいて、キャラ被りとは何よりも恐れているものだった。普通に人気に関わる。大変に困る。夕暮にはキャラ被りの末に勝つ自信などなかった。
そしてもう一つは、女としての負けられない戦いだ。ここでもし政木が水都と付き合うようなことがあれば(ほぼ被害妄想)、同じように好きだ好きだと言っていた夕暮は完全敗北したことになる。
ほぼ同じ条件で、むしろ夕暮の方が付き合いは長いのにポッと出の女に負けたとあれば、女の名折れである。というか一番嫌なのは、それをリスナーに煽られることだった。
「まあ全然意識してないね。うん、全然。かわいいとか思ってないし、むしろ生意気でムカつくくらいだね」
だがそういった事情を口にするとまたリスナーから『ビビり』『弱暮さん乙』『ダサッ』と言われるので、嘘をついていた。
が、しかしどう見ても意識している態度にリスナーからは総ツッコミを受ける。『お前絶対に意識してるだろ』『絶対に彼女の配信も見てるだろ』『すでに人間性で負けてないか夕暮?』と散々に言われていた。
そんなコメントに対して、夕暮がキレる。スキル『切れ者』を発動。
「はぁ? まーた、リスナーくんたちは何を言ってるんですかねえ。そんな、私ですよ? 登録者数なんか100万人を越えてる、あの私ですよ? そんな中堅ライバーなぞ眼中にもねーですよ!」
しかし夕暮という女は口を開けば開くほどボロを出し、醜くなっていく生き物である。
はっきり言ってリスナーから見たら、今の夕暮は「後輩に追い抜かされることを怖がっている先輩」にしか見えなかった。
「ふっ、まあまたいつかコラボ配信でわからせてやるよ。どっちが上かってな!」
強がる夕暮の声。
とんでもなくダサい捨て台詞を言っていることに、夕暮は気づいていなかった。
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