第69話 浅川家での食事②

 鷹橋美月はここ数年で一気に頭角を現した女優だ。


 21歳で大学在学中に女優デビュー。その演技力と端正な顔立ちで一気にブレイクを果たし、今や国民的女優の立ち位置を手にしている。


 さらに演技に関してはストイックな姿勢と、普段からあまり喋らないミステリアスなキャラが相まってバラエティ番組にもたびたび出演。唯一無二のキャラでファンが多い女優である。


 そしてその女優が、政木の前に座っていた。


「ね、ねえ。これってどういう状況?」


 政木は小声で隣の浅川に話しかける。ちなみに4人で座れる机で政木の隣に浅川。正面に鷹橋、斜め前にまるまる(浅川の彼女)という座り順だ。


「ああ、俺の彼女が鷹橋さんと大学時代に知り合いだったんだよ。ってお前もたしか鷹橋さんと同じ大学じゃなかったか?」

「え、そうなの?」

「ほら、お前も〇〇大だろ?」

「一緒だったんだ……」


 初めて知った事実に驚く政木。

 浅川も「お前、同じ大学だったのに気が付かなかったのか?」と呆れている。ただ政木は自分の記憶を辿ってみても、彼女のような人がキャンパスにいた記憶はなかった。


「っていうか、もしかしてまるまるさんとも同じ大学だったってこと?」

「自分はもちろん政木様の存在に気がついておりました……! といってもあの時は昴の友達っていう認識しかなかったけどね〜」

「そうだったんだ……」

「ま、こいつに気が付かないのはいいとしても、鷹橋さんに気が付かないのはねえよな〜」

「お前は黙ってろ昴」

「はい、すんません」


 政木のことを悪く言おうとするとすぐに睨むまるまる。


 ちなみに鷹橋は3人の会話を聞いているのか聞いていないのか、とにかく夢中でご飯を食べている。政木は彼女のことを大食いキャラだと勝手に認識した。


「でも珍しいね〜。みっちゃんが私の家に来たいっていうの久しぶりじゃない?」

「あれ、鷹橋さんが来たいって言ったんですか……?」


 そこで政木の知らなかった事実が明らかになる。


「そうですそうです。元々は政木様だけ呼ぶ予定だったんですけど、みっちゃんが久しぶりに来たいって」

「へぇそうだったんですね〜」

「まあ鷹橋さんもそんなにプライベートに現れる人じゃないから、珍しいっちゃ珍しいぞ」

「ラッキー、だったのかな」


 ただ政木は素直に幸運だったとは言えない。


 なぜなら鷹橋が全く喋らないので、居心地の悪さを少し感じているからだ。居心地の悪さといっても、単純に初対面の人に対する遠慮ではあるが。


「ちなみにみっちゃんも政木様のこと知ってるんだよね?」

「え、そうなんですか⁉︎」


 意外な出来事に思わず政木は鷹橋の方を見るが、彼女は無表情のまま政木を見つつむしゃむしゃと料理にありついていた。

 食べっぷりが気持ちいいくらいである。


「ちなみに聞いてもいいですか? どこで自分のことを……」


 破竹の勢いで机の上の皿を平らげる彼女に、政木はおずおずと質問をする。


 そして返ってきたのは一言。


「そこの昴坊やから聞いた」

「昴…坊や?」


 聞き慣れない単語に政木が聞き返すと、隣で昴坊やが赤面をして俯いていた。


「ち、違うんだ……。こんなあだ名になったのは俺のせいじゃない。初対面でこれだったんだ……」

「初対面で坊やって呼ばれたの……? そんなことあるかな……?」

「本当だ、信じてくれ。俺は何もしていない」


 そんなあだ名になったからには何か由来があるんじゃないかと政木は疑ったが、そんなことはないと昴坊や……浅川は否定した。


「ほ、ほら、ついでだからお前もあだ名つけてもらったらどうだ? きっといい名前をつけてもらえるぞ、な?」

「い、いや、僕は遠慮しておこうかな……」


 じっとこちらを見ている鷹橋の視線に気がつき、政木は慌てて辞退をする。


 ——が。


「腹ぺこ大学生」

「——っ」


 努力もむなしく、不名誉なあだ名をつけられることになった。


「腹ぺこ大学生……くくっ、くくくっ」

「ひ、酷くないですか鷹橋さん……てか実際に大学時代に、そう呼んでた人いましたし!」

「あー確かあのとき政木様、食堂でご飯と味噌汁しか頼んでなかったですもんね。実は結構有名でしたよ?」

「知りたくなかった事実……。ち、違うんです、あの時はほんとお金がなかっただけで、いつもお腹を空かせていたわけでは」

「腹ぺこ」


 政木の必死の否定に対し、鷹橋がぴしゃりと一言。隣では浅川がお腹を抱えて笑っている。


「腹ぺこ。坊や」


 鷹橋が政木と浅川のことを指差しながら言うと、政木だけでなくさっきまでからかっていた浅川も静かに俯いた。


「結局誰もみっちゃんには勝てないってことね」

「もう大人なのに……大学生……」


 政木の嘆きの声で締められた食事会だった。

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