第68話 浅川家での食事①
夏に入りじめじめとした暑さが東京にも舞い込んできた頃。
政木は高校時代の友人である浅川昴の家に呼ばれていた。
なんでも昴の恋人が政木に会いたいということらしい。
政木のことをVtuberとして推していて、自分の彼氏が友達だという立場を存分に活かして一度生で話してみたいということだった。
「うーん、本当に行ってもいいのかな……?」
しかしVtuberと直接会うというのは、リスクが伴う。
だがそのあたりは政木自身を知っている浅川から「大丈夫だと思う」というお墨付きを得たため、今回は浅川の恋人が政木を呼んだという流れになる。
「こ、ここだ」
浅川の家にくるのは、政木も初めてである。
初対面の人がいるという緊張を忘れようと一呼吸してから、政木はマンションの入り口に部屋番号を入力した。
『お、正樹か? そのまま部屋まで来てくれ。悪いな、出迎えできなくて』
『ちょ、ちょっと、もう来ちゃったの⁉︎ まだ片付けてないところが……はっ、キッチン掃除してない‼︎』
『……という感じだから、頼むわ』
「う、うん」
浅川の恋人に誰かと似たような雰囲気を感じながら、政木は浅川の部屋に向かった。
浅川は普通の人間と比べて稼いでいる方だとは思うが、マンションは平均的なファミリー向けだ。
浅川もブレイクしたのが最近だからまだ金銭的に余裕がないのか、それとも彼女が厳しいのか。そんなことを考えていると、あっという間に部屋に着いた。
「上がってくれ〜」
「お邪魔しまぁす……」
政木も緊張しながら部屋に上がると、そこにはエプロンを付けて旅館の女将のように綺麗なお辞儀をしている浅川の彼女がいた。
「お世話になっております。私、そこにおりますダメ人間の彼女を仕方なく務めております。ネットネームで『まるまる』と呼んでください」
「え、まるまるさんなんですか!? というか顔を上げてください……!」
「それでは失礼して……って、はっ、なんと神々しい……っ!」
「彼氏の前でそれはどうなんだお前」
明らかに政木を崇拝しているリスナーの顔をしたまるまるに、浅川が冷静なツッコミを入れる。
しかしまるまるはそんな浅川にキレる。
「ちょっと、彼氏の分際で私と政木様の仲に割り込まないでくれる?」
「彼氏の分際」
「す、すーちゃんに厳しいですね……」
そんな調子のまるまるに案内されて、政木は浅川家のダイニングに入る。
そしてそこに用意されていた料理に思わず驚きを隠せなかった。
「え、す、すごい……これ全部まるまるさんが作ったんですか?」
「は、はいっ。腕によりをかけて作らせていただきましたっ! お口に合えば幸いですが……」
「ちなみに付き合って1年記念の時でもこんな豪華な料理は出てこなかったぞ」
「そ、そうなの……?」
力を入れるところがこんなところでよかったのかと政木は心配になりつつ、ふと疑問に思った。
「それにしても結構な量ですね? 他にも人が来るんですか?」
「あ、あとはもうすぐ……」
まるまるが答えようとしたタイミングでピンポーンとインターホンが鳴った。
「はーい。あ、みっちゃん? うん、上がって上がって〜」
「みっちゃん?」
政木は知らない名前にはてなマークを浮かべていると、すぐにその当人は部屋へと訪れた。
「お邪魔します」
「うん、入って入って〜」
入ってきたのは短く黒髪を切った、そしてとびきり美しい女性。
帽子を取って色の入ったメガネを外すと、透き通るような瞳が政木の方を向いた。
「は、初めまして……?」
どこか見覚えがあるような気もしたが、政木は初対面だと判断して挨拶をする。
「……はじめまして」
そしてその女性はそれ以上特に言うこともなく、机のほうに腰を落ち着けた。
「相変わらずそっけないなあ、みっちゃんは」
「この人が……みっちゃん?」
政木が思ったことを口にすると、席を外していた浅川が戻ってきて女性を発見した。
「あ、鷹橋さん。どうも、こんばんは」
「こんばんは」
「鷹橋さん……?」
今度はどこかで聞き覚えのあるような名前だ……と政木が思ったところで、浅川が政木のことを信じられないというような目で見た。
「お前、忘れちまったの? この前、海で会っただろ? ……って遠くから見ただけだけどさ」
「海?」
そこで政木が海に行った記憶を思い出す。
直近で海に行ったとなれば、水都に誘われていった湘南の海しかない。
「あっ! 鷹橋さん!? 女優の鷹橋美月さんですか⁉︎」
「……どうも」
政木はやってきた人間が思いのほか有名人だったことに驚く。
そしてそんな有名人に気が付かなかったのかと浅川がため息をついた。
「お前ってほんと、そういうのダメだよな」
「おい昴。お前ごときが政木様にダメとか言うな。お前はもっとダメだ」
「ねえ、なんでうちの彼女は俺にこんな厳しいんだ?」
いつも通りの会話を繰り広げる浅川カップルに、鷹橋の来訪で緊張しっぱなしの政木だった。
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