第62話 旅行 with後輩・後輩・マネージャー①

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……」


 3Dライブ後の2週間にわたる活動休止。

 その3日目にして、政木には既に禁断症状とも呼べるストレスが生じていた。


「先輩ダメですよ~! パソコン触っちゃダメって事務所の人に言われてるんでしょ‼」


 そんな政木を注意するのは、政木が働いていた元職場の後輩、長良花である。


「い、いや、うん、分かってるよ。分かってるんだけど……」

「分かってなさそうな顔…………」


 3秒に1回は物欲しそうな顔でパソコンに顔を向けている政木に、長良は頭を抱えていた。


「先輩、休止3日でそんな感じだと、残りの2週間どうするんですか……」

「い、いやだって、こうしている間に休み明けの配信用サムネイルを作っておけば、とか思っちゃうんだよ」

「もうそこまでいくと病気ですよ‼」


 ちなみに長良は政木が倒れてから毎日のように政木の家を訪れている。

 今日は長良も休日なので朝から居るが、平日でも空いた時間を縫って顔を見せていた。


「先輩はおとなしくしててください! パソコン見るの禁止! ついでにブルーライトを浴びるのも禁止! スマホ、パソコン、テレビ、全部禁止っ!」

「俺は何をしたらいいんだよ……」

「部屋の片づけでもしててください‼」


 長良も政木が倒れた一件以来、過剰なまでに政木を心配しているふしがある。

 それが高じて、長良が苦手だった料理を克服したという経緯もあるのだが……それはそれとしても政木を堕落させていることは否めない。


「このままだと駄目人間になるんだが……」

「少しくらいはダメになってください! サボることを学ぶのも大事なんですから‼」


 政木はこっそりでもパソコンをいじろうとしたが、顔を膨らませながらじーっと見てくる長良に降参した。


 さて、それじゃあ何をやるか……と政木がソファに座り直したところで、政木の携帯にピコーンと音が鳴った。


『有馬、たまたま神奈川のホテル宿泊券が当たったのだけど、今から行かない?』


 事務所の後輩である水都みずとあかりからのメッセージだ。


「旅行か、なるほど……」

「先輩、どこか旅行行くんですか?」


 政木のつぶやきに、長良が炒め物をしながら反応をする。


「いや、後輩に誘われたんだ。今から行かないかって。ほら前に長良も会っただろ? 水都さんだよ」

「へーそうなんですか。でも結構急ですね~」

「そうだなぁ、今は長良もいるし……」

「あ、わたしのことは気にしなくていいですよっ‼」

「うーん」


 長良はそう元気にうなずくが、政木としては歓迎できない。

 せっかく来てもらったのに自分の都合で追い出すのは、いささか自分勝手が過ぎると思った。


「あっ」


 しかし政木は、別の発想に至る。


「?」


 目を輝かせて長良を見る政木に、彼女はぽかーんとしていた。




 1時間後。政木の家には政木を含めて4人のメンバーが集まっていた。


「なんでこの女もあの女も一緒なんだ!」

「せ、先輩とりょ、旅行…………」

「せっかくの休日が……」


 水都、長良、そして水都の付き添いとして政木のマネージャーの大津だ。


 水都は白色のワンピース。長良は一度家に帰って着替えてから、春らしいスカートに上は軽くカーディガンを羽織って参上。大津は休日だがピシッとスラックスに襟付きのシャツだ。


 水都が長良と大津がいることに、バタバタと抗議をする。


「ほら、水都さん前に1人だけじゃダメって言われてたから」

「そ、それはそうだけど」

「それから大津さん、今日はお休みのところ失礼します」

「えっ⁉ あ、えっと、大丈夫ですよ。タダで旅行させてもらえるんですから、こちらとしても嬉しい限りです」


 ちなみに水都と政木の分の宿泊代は水都が、それ以外の2人は政木が出している。


 そして政木以外の3人が車に乗り込む準備をしていると、政木のもとに見知った顔が現れた。


「やあ汐留くん……いや、ここでは政木君と呼んだ方がいいかな?」

「しゃ、社長⁉」


 政木の働いていた会社の社長であり、かつ水都の父親である汽水きすいだ。


「なんでここに……?」

「いやいや、娘を送ったついでだよ」

「な、なるほど」


 ここまで娘を送ってくるという相変わらずの親バカっぷりだが、政木は出そうになった言葉を飲み込んだ。

 その代わりに挨拶をする。


「本日は娘さんをお預かりします。責任をもってお返ししますので……」

「大丈夫大丈夫。君ならそんな心配はしとらんよ。それより…………」


 と、そこで汽水は政木の方まで急接近。

 そして小声で自分の娘の方を見ながら、


「写真、出来るだけたくさん撮ってくれないか。最低でも百枚は欲しい」


 と明け透けな欲望をひそひそと政木に伝えたのだった。


「ひゃ、百枚……しょ、承知しました」

「じゃあよろしく頼むぞ」


 それだけ伝えると、汽水は娘に挨拶だけして帰っていく。


「パパ、有馬に変なこと言ってないだろうね」

「な、なんのことかな」

「何も言ってないならいいよ。言ってたら、パパのこと嫌いになるから」

「――――⁉」


 帰るときにはもう汗をびっしりと背中にかいていたが。


 こうして謎編成での旅行は始まった。


「――ってなんで有馬の隣がこの女なんだ‼」

「こら、ちゃんと『さん』を付けなさいって言ってるでしょ」

「あいたっ!」

「せ、先輩よろしくお願いします……っ!」




――――――――――――――――



「ねーみかんー」

「なんですか?」

「神奈川に引っ越そうかな。海綺麗そうだし。あそこなら毎日配信できそう」

「バカなこと言ってないで、さっさとそこにあるボイス作業を終わらせてください。あなたのマネージャー、本気で怒ってましたよ」

「あ、すんません」

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