第61話 結局いつも通り

「ふっふーっ‼‼ オレの、オレの、オレの政木が‼‼ うぉぉぉおおお‼」

「なんで私がこんなの聞かされないといけないんですか…………」


 政木の緊急搬送があってから1週間。政木の3Dお披露目配信は1週間の延期とともに無事開催された。


 なお政木についてはそこまで配信が禁止。3D配信後も2週間の活動休止が告知された。


「こらみかん‼ お前もサイリウム振れ‼」

「は、はぁ……」


 リスナーからは「厄介オタク爆発してんなあ」「林檎氏がかわいそうで草」「は、なんで林檎はサイリウム振ってねえんだよ炎上しろ」などと言われていた。


 ちなみにリスナーには見えていないが、夕暮は画面越しに青色のサイリウムを振っていた。林檎は30分前からずっとドン引きである。


「あっ、いまくいって足上げたよ‼ くいって‼ かわいい~~~~っっっ‼」

「月日は控えめに言ってもキモいですけどね」

「あこっち向いた! チューっ、アッ、チュ――――ッ‼」

「…………もう帰りたい」


 別に林檎とて、政木の3D配信に興味がないわけではない。


 というのも林檎は、何度か政木のダンスレッスンを見ているからだ。林檎の目から見ても政木はストイックに練習をしていたので、完成度がどこまで上がったのかについては気になるところである。


 ただそれでも、1人で見ていたいというのが正直な気持ちだった。


「はぁ、疲れたぁ。今の曲もかっこよかったな……。ああもうお披露目も30分で終わっちゃう」

「まだ半分ですけどね」


 隣でいい汗をかいている夕暮に白い目を送りつつ、林檎ははあとため息を吐く。


「まったく、あの日からずっとこんな調子ですね……」


 そう言って林檎は、夕暮が政木と病院で出会った日のことを思い出す。


 あの日、明らかに夕暮は政木に対して恋愛感情を意識した。林檎はそう考えている。

 それまではどちらかといえば「推し」に近い感情だったはずだが、あの日を境に夕暮は『女』として政木を好きになったはずだ。


 しかしあれから一週間。Twitterでなんの動きもないと思えば、いきなりこれ。


 要するに。


「かなりこじらせてる……面倒くさい女だこと……」

「あん? なんか言ったかこのアホみかん」

「いえ……まあこっちの方が月日らしいといえばらしいですか」


 ちなみにリスナーにもあの日何があったかについては、ほとんど説明してある。


 だからか3D配信が延期されたことも炎上するには至らず、むしろ「政木かっけえ」「夕暮、堕ちたな」「いよいよオフコラボか……」と期待感を抱いているツイートが多くあった。


 推しているライバーの恋愛事情なのに全く炎上しない点には、林檎も「夕暮リスナーって相当鍛えられているんですね……」と驚いたものである。


「あ、そうそう。それで月日は、政木さんといつオフコラボするつもりなんですか?」

「…………ま、政木ーっ!!」

「おい聞こえてただろ無視すんなこのボケ月日」

「…………」


 林檎が夕暮の肩に手を乗せて威圧すると、逆に今度は夕暮から視線が送られてきた。

「タスケテ……ムリ……ヤメテ……」と強く訴えかけてくる、涙ぐんだ目だった。


 ふう、と林檎は息を吐く。夕暮がそこまで嫌がるなら仕方がない。

 林檎とて、友人の嫌がることはしたくないのだ――


「では、政木さんの復帰後すぐにやるとしましょう」

「ちょっ、み、みかん⁉︎」


 ――というのは嘘である。

 この女、撮れ高のことしか考えていない。


 メスに堕ちた友人と、それに気づかずに気遣いをし続けるであろう男。

 面白いが撮れるに決まっている。


 この残酷な対応にはさすがのリスナーも「血も涙もねえなこの女」「彼女の体はアルコールでできている」「いいぞもっとやれ」とドン引きする声で溢れていた。


「まああの件で私も二人には相当迷惑をかけられましたし? それなら私の提案も少しくらいは聞いてもらっても良いですよねぇ?」

「ま、まてみかん。早まるな」

「じゃあ企画を考えておきますので。震えて眠れ」

「復讐だよな⁉︎ どう考えてもこんな風に配信に付き合わせた復讐なんだよな⁉︎ 謝るから、謝るから許してあっ政木くんの次の歌始まった‼︎」

「○す」


 物騒な言葉も飛び交ったが、無事に配信は終わった。


 政木が倒れた後も、いつも通りの配信だった。

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