第63話 旅行 with後輩・後輩・マネージャー②

 政木たち一行が向かったのは海の見える街、湘南。


 茅ヶ崎市や藤沢市を含む地域のことで、海が見えるどころか海とともに生きている街である。


「うわーすごい、海だ! 有馬見て、海っ‼」

「『さん』を付けなさい」

「まあまあ……たしかに、すごく綺麗ですね。長良も見える?」

「は、はい……。というか結構人いますね」


 まだ4月なのに、既に海岸にはたくさんのサーファーの姿が見える。

 太陽の光をきらりきらりと反射させる海で、自由気ままに人間が板を使って遊んでいるさまは車の中からでも見えた。


「あの!」


 みんなが海に意識を向けていると、水都が大きな声で呼びかけた。


「ご飯作ってきたので、食べよう……ませんか‼」





 ということでせっかくならと砂浜に借りてきたレジャーシートを広げて、政木たちは昼ご飯を食べることになった。


「ここならいいですね。すごく景色もいいですし」


 大津がこの手のことには慣れていたようで、風に飛ばされないように場所を考えてくれた。


「はい、有馬!」

「あ、ありがとう」


 そして全員が腰を落ち着けたところを見計らって、水都が政木に手渡す。

 プラスチックの容器に入った、サンドイッチだ。政木はてっきり弁当箱のようなものを用意すると思っていたので不思議に思うと、すぐさまフォローが入る。


「ほら、ちょっと見栄えわるいけど、これなら捨てられるし……‼ そ、それに、サンドイッチの方も口に合わなかったら、ぼ、ボクが食べるから……」

「これ全部、水都さんが作ってくれたの?」

「う、うん」


 緊張した面持ちの水都。政木のサンドイッチに向けられる視線や、その時の表情などを見て、いちいち一喜一憂している。


 理由は簡単。これは水都にとって初めての料理だからである。

 料理を作るという経験がないから、誰かに自分の料理を食べてもらうという経験ももちろんない。だからこそ、余計に言い訳をしたり言い訳をする準備をしているのだった。


「綺麗にできてると思うけどな。それじゃあひとつ、頂いて……」


 丁寧に四角く切り揃えられているパンをもって、政木は一口で食べる。


「んっ」

「ど、どう⁉ ちょっと辛子からし入れすぎちゃったかもしれないけど、いや、卵がちょっと固すぎちゃったかもだけど……」

「いや、すごく美味しいよ。うん、美味い」


 そう言って政木はもう一つサンドイッチに手を付ける。


「ほ、ほんと‼ う、嘘ついてない⁉」

「嘘なんてつかないよ。ほら、長良も美味しいと思っただろ?」

「ほれ、ほいひいへふ。わはひのりょうりはんはほり、よっほほほいひいへふ」


 政木の隣では、口いっぱいに食べ物を詰め込んでハムスターみたいになっている長良がいる。

 さらに水都の隣にいる大津も「これ、普通に美味しいですね」と喜んで食べているのが見えた。


「というか水都さんも食べてね。これ食べなきゃもったいないからさ」

「う、うん!」


 政木に促されて水都も食べる。

 正直自分では食べすぎたので味がいいのかどうかは分からなかったが、政木たちが喜んでくれているのをみて一安心していた。


「へ、へんぱい、み、みず……っ」

「慌てて食べすぎだよ長良は」


 ただ政木のために作ったサンドイッチの半分ほどは長良が食べてしまったので、そこに関しては異議を申し立てたい水都だった。





 後片付けを終えたあと、水都は写真を撮りに行くとどこかに行き、大津はちょっと歩いてくるとどこかに行き、長良は少し足りないので海の家に行ってしまい、政木は一人だった。


 目の前に綺麗な海があっても、ひとりで何をしたらいいのかわからない。あてもなく海沿いに歩いていくと、そこに見慣れない人だかりがあることに気がついた。


「ん? なんかやってる……?」


 気になって近づいて見ると、そこには海に似つかわしくないカメラやら大きなマイクやらがあった。


 そしてそこにはさらに、政木にとっても知っている顔が。


「あれ、すーちゃん?」

「げ、正樹まさき


 政木の高校時代の旧友にして、現在俳優業で大活躍中の浅川あさかわすばるである。


「げっ、てひどいなー」

「いやすまん。ただ撮影中はあんまり見られたくなくてな」

「あ、撮影中……?」


 そこで政木は慌てて周りを見る。

 そんなタイミングで気付いても撮影中だったらしっかり怒られるのだが……。


「いま休憩中だから良いけどさ。んで、正樹はなんでこんなとこにいるんだ? たしかあっちの方は活動休止中だったよな?」


 浅川は小声で話す。Vtuberにとって身バレがマズイことなのは、浅川も理解していた。


「あ、ちょっと後輩とかと旅行してて。なんか人だかりが出来てたから、気になって来ただけだよ」

「人だかり。ああ、まあ、あの人がいるからな……」

「あの人?」


 政木が疑問に思うと、浅川は視線を人だかりの真ん中にいる女性に向けた。


 黒い長髪の女性。水着姿でその豊満なプロポーションが隠さず溢れている。ただその一方で目つきは鋭く、近寄りがたい感覚を政木は覚えた。


「あの人、有名な人なの……?」

「お前知らねえのか……。あの人は鷹橋たかはし美月みづき。最近朝ドラの主役も決まった、国民的女優だぜ?」

「えっ、そうなんだ」


 政木は自分の記憶と、浅川の説明を照らし合わせる。


(どこかで見たような……?)


 テレビで見たことがあるのかなと思い出そうとする政木。そうしてマジマジと見ていると、次の瞬間、彼女と目が合った。


「――?」


 不思議な視線だ。自分の全てが見透かされるような、そんな魔力さえ感じてしまうような視線。


「どうかしたか?」

「い、いや、なんでもないよ」


 そこで政木の携帯にメッセージが届く。曰く、そろそろ車で移動するという話だった。


「じゃあそろそろ行かなきゃ。すーちゃん、頑張ってね」

「おう。気をつけていけよ」


 政木はもう一度だけ鷹橋にちらりと目を向ける。


「やっぱりどこかで会ったかな……」


 ただ政木はそこまで気にする必要もないかと、砂浜を後にした。






 ―――――――――――――――――――



「浅川さん」

「どうしました?」


 政木のいなくなった砂浜で、浅川は鷹橋に話しかけられていた。


「今の方、知り合い?」

「あ、いや、まあ高校の友達……ですかね」

「なるほど」


 それから鷹橋はうつむいて、思考に沈んでいく。

 言葉数が少ない鷹橋に浅川は緊張感を覚えながら、うまく話を振る。


「何か気になることでも?」

「――ちょっと」


 まさか返ってくるのが肯定だと思わなくて、浅川はギョッとする。


(おいおい、また厄介な女に目をつけられたんじゃないだろうな、正樹)


 女運が相変わらずな自分の友人に、浅川は頭を抱えるのであった。

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