第57話 厄介リスナー夕暮
4月1日。重大発表があった。
それは政木の3Dお披露目配信の日時が一週間後になったというお知らせだ。
そしてこのお知らせが『トリミングV』から発表されたのが午後6時。それから数分後に、夕暮が配信を始めた。
「ういーっ、始まったぞ~」
相変わらず脱力したような挨拶の夕暮。
『女性Vでこんな挨拶が雑なの、お前かざくろ姐だけだからな』『これがアイドルVtuberです』『おっさんだろこれ』などとリスナーも辛辣なコメントを残している。
「『夕暮さんベッドに転がりながら話してます?』はぁ? そんなわけないでしょうが椅子の上に正座して話してます~。ちなみに全裸です」
ゆるっと雑談をする夕暮。
『"ちなみに"の後が全くいらない』『聞きたくなかった』『なんで言ったんだよ』と総ツッコミをされるが、夕暮は全く気にした様子がない。
「ほな始めますか。あそうそう、今日の話は政木くんの話題だけだから、苦手な人はブラウザバックしてちょんまげ。まあそんな不届きものなリスナーはこっちからブロックしてやるが」
いきなり喧嘩腰の夕暮だが、これはいつものことである。
リスナーも特に気にした様子はない。
「よし、異教徒は淘汰されたな。じゃあ始めるぞ。今日のテーマは……ずばり、政木くんのライブで歌ってほしい曲を募集だっ」
そして肝心の企画についてはどこかで見たことのあるような内容。
「『もう来週がライブなんだから歌う曲なんか決まってるだろ』うっせえ‼ そうじゃねえんだよ政木くんがどんな曲をどんなふうに踊るのかを妄想する会なんだよ。そんなクソリプ送ってくんじゃないよッ‼」
正確なツッコミを入れたリスナーにキレる夕暮。
『過去一の理不尽さで草』『堂々とキモいこと言ってるが』『自己満足』とドン引きのリスナーたちだが、夕暮は構う様子はない。
「まずね、じゃあ私から言います。わたしが政木くんに歌ってほしいのは、ずばりっ。バラードです!」
夕暮はひとまずといった雰囲気で、自分の願望を述べた。
そして後に続けて理由を言う。
「理由はね、政木くんが感情を全面に出して歌ってるところが見たいんだよね~。なんていうかさ、普段はあんまり感情を出してくタイプじゃないじゃん政木くんって? だからそういうのをこういうときだけ見てみたいって言うか」
早口でつらーっと喋る夕暮にリスナーも『オタク出たわね』と少し引き気味のコメントを残す。
「『たしかに政木のバラード聞いてみたい』ああ、分かってる奴いるじゃん。呼び捨てなのが気に食わねえけど」
夕暮はリスナーと会話しながら配信を進める。この辺りのテンポはVtuberの中でもかなりうまい方だ。
「わたし、政木くんのバラード聞いたら泣いちゃう。わたしの葬儀中に流してほしい。安らかに天国に行ける」
夕暮がパタパタと頭に輪っかを乗せて昇っていく姿を幻視したリスナーは多かっただろう。
『葬儀中の曲にすんな』『地獄に行ってもろて』『むしろ政木の曲が死因になることすらある』とリスナーも冷たい目をしている。
「でもなぁ、ちょっと一個だけ、気がかりなことがあって」
しかし政木の曲で盛り上がっていた配信は、いきなりリスナーのトーンダウンによって緊張感を生む。
「政木くんライブ準備で忙しいはずなのに、今も毎日配信してるじゃん? それがちょっと気がかりでさぁ」
夕暮は政木の配信頻度が気になると語る。
「わたしの経験上なんだけどさ、この時期ってほんとしんどいんだよね。ライブ準備ってダンスだけじゃないんだよ」
自分の経験をもとに夕暮は話を続ける。
「カメラのアングルとかもVtuber側が決めることとか多くて。あとステージ演出とか、ライブの合間の背景の指定とか、合間の企画とか。歌と踊りの練習だけじゃないんだよね」
こういった準備のことはリスナーは想像しづらい。
「なんとなく大変なんだろうな」という印象は持つが、準備をしているところは配信に載せないからだ。
だからこそ、夕暮の方が今の政木の大変さを理解している。リスナーは夕暮の話をいつものように鼻で笑うことはできなかった。
「それに加えて、運動から体の疲れもあるでしょ? だから普通の配信準備とかでも相当しんどいと思うんだよね。毎日配信なんて普通死ぬ」
夕暮の心底から心配するような発言に、リスナーも『たしかに休んでほしいよな』『政木働きすぎるとこあるからな~』『夕暮さんから言ってもろて』と同意の意を示す。
「そうだね、林檎を通してセーブしてもらうように言っとく。体を壊したら元も子もないからね」
珍しく真面目なことを言った夕暮に対し、リスナーも『意外といいやつなのか?』と認識を改め……。
「あ~でもやべ~政木くんの配信が足りないと死んじまうわ。今週は配信なしで」
ることはなかった。いつも通りの自分勝手な夕暮だった。
もちろん炎上した。
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