第58話 過労
4月6日、政木の3D配信の2日前。
政木はその日も1日にわたるリハーサル練習を行なっていた。
「お、お疲れさまでした……! それでは失礼します……」
最後にマネージャーの大津と打ち合わせをして、それが終わった頃には夜の9時をまわっていた。
政木の目の下にはクマができていて、顔色もどこか悪い。
そんな彼を見かねて、大津は心配の声をかけた。
「政木さん……大丈夫ですか? かなり疲れているように見えますが……今日もこれから配信をするんですよね?」
「はい、まあちょっと疲れていると言えば疲れてますが……。でもっ、これくらい頑張りますよ! 3Dお披露目ももうすぐなので、出来る限り配信をしておきたいんです」
「まあそれはこちらとしてはありがたいですが……」
3Dライブを前にある程度リスナーを煽っておきたいというのは、政木だけでなく大津も同じだった。
せっかくの大事な配信なのに、それが久しぶりの配信となってしまっては「あ、そういえばやるって言ってたな」くらいにしかならない。だからライブ直前には配信をしてもらいたいというのが、事務所の意向ではある。
しかし明らかに政木の様子は万全ではない。それがどうにも、大津にとっては気がかりだった。
「でも、本当に気を付けてくださいね。体を悪くしてしまっては元も子もないですから」
「大丈夫です! それではお疲れさまでした!」
大丈夫ではなさそうだったが、笑顔で別れの挨拶をする政木に大津は何も言えなかった。
「ほんと、体調崩さないといいんですけど……しっかり配信の方も見ておかないとダメですね」
何かあったときにすぐ対応できるよう、大津は急いで家に向かった。
「あっとふつか~、あっとふつか~♪」
夕暮はその日、配信もせずにゆっくりとYoutubeを眺めていた。
漁っているのは政木の過去の配信だ。政木の3D配信に向けて自分で自分を盛り上げている途中である。
お気に入りのミルクココアを「ふー、ふー」と冷まして飲みながら、かれこれ12時間以上はパソコンの前に座っている。
「おっ、22時から政木くんの配信だ! よしっ、リツイートと」
政木のTwitterアカウントで、今日の配信が22時からあることがアナウンスされた。それを意気揚々とリツイートをする。
ちなみにこの夕暮というインフルエンサーによるリツイートのおかげで、政木の配信には昨年の今と比べて十倍以上の視聴者数が集まるようになった。
「あと20分あるな……。よし、切り抜き動画で時間を埋めるか」
政木の配信の中で面白い瞬間を短く切り取った動画を見ながら、「ぐへへ」とか「にひひ」とか笑っている夕暮。モニターに対し笑みを返している彼女の姿は、傍から見て完全に変質者だった。
そうして時間を潰していると間もなく政木の配信が始まった。
内容はリスナーのツイートを見ながら活動を振り返るという配信だ。
『あ~懐かしいですね~。そういえばこのころはまだチャンネル登録者数も数百人とかで、あ、BGMもつけ忘れてたんだっけ……何してるんだよ昔の僕……』
政木は思い出深く配信を振り返っている。
Vtuberとして活動を始めて間もない時期のことであったり、夕暮と出会ってからのことであったり、色々なことを語る政木。そんな政木を、夕暮は鼻をすすりながら見守る。
「ぐすっ、ぐすっ……よがっだねえぇぇええ。だいへんだっだんだろうなぁ……」
どんな立場で泣いているのかはさっぱりわからないが、夕暮は自分のことのようにずびずびと泣いていた。
『こうやって振り返ってみると、僕はたくさんの人に助けられてここまでやってこれたんだなって。……そんな当たり前なことを改めて実感します…………』
ティッシュで鼻をちーんとかんで落ち着く夕暮。しかしそうして冷静になってみると、少しだけ政木に対して違和感を覚えた。
「……ん? なんか声が少しづつ小さくなってるような……?」
一瞬、配信トラブルかと思ったが、しかし。
その違和感を意識した時には、既にもう遅かった。
「これからもよろし……く――――」
声が途切れたと思った、そのタイミングで。
ガシャーンッ‼︎ ガタガタッ、パリーンッ‼︎
平和的な政木の配信には似つかわしくない、暴力的な音声が配信に載ったのだった。
「――政木くん⁉︎」
夕暮はその瞬間に、何も考えず家を飛び出していた。
――――――――――――――――
シリアスが続くので、これから3日間毎日投稿されます。……本当に更新が遅くなってしまって申しわけなかったです……。
もうシリアスなんて書いてやるものか。こんにゃろ。
モニターから出てくる光線にやられてドライアイ気味なアルマジロより。
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