第50話 新人Vtuberの初配信

 3月。年度が変わる季節。


 小学生は小学校を卒業し、中学生は中学校を卒業し、高校生は高校を卒業する。


 それにより、彼女もVtuberとしての活動を始めた。


「みなさんこんにちは。新しく『トリミングV』からデビューさせていただくことになりました、水都みずとあかりです」


 彼女は3月の初めに高校を卒業し、その流れでVtuberデビューを果たしていた。


 独特の少し低めな声、根っからのボクっ子という強烈なキャラ付けでリスナーからの注目を集める。


 ……集める、はずだった。


「めそめそ……」


 水都の初配信直後、政木は彼女とマネージャーの大津の来訪を受けて苦笑いをしていた。ちなみに水都はソファの隅で落ち込んでおり、政木は頭を撫でて必死に慰めているところである。


 そして彼女がそこまで落ち込んでいる理由はというと、初手で水都が炎上をしたからである。


「売名なんかじゃないもん……ほんとに有馬のことが大好きなのに…………」

「あはは……」

「『さん』を付けなさい『さん』を」

「まあまあ、大津さんも落ち着いて」


 水都が炎上した理由は、簡単に言えば政木が原因だ。


 Vtuberになったきっかけを紹介する中で、水都にとっては政木の名前を出さないわけにはいかない。

 だから素直に『政木有馬を追いかけてVtuberを始めました。ボクは彼に憧れてこの事務所に入りました。本当に大好きなので、よろしく』などと言った結果、炎上に至ったわけである。


 まあ炎上と言ってもボヤ騒ぎ程度で、実際にリスナーも本気で炎上させようとしたわけではない。

 ただ初配信だったからリスナーも距離を測り損ねていたのと、政木の熱狂的な信者が『政木を売名に使うな』『政木って言えばいいと思うなよ』などと過激なコメントをした結果、炎上になった。


 だからほとんどのリスナーは『また政木に厄介な女が……』『おもしれ―女』『またキャラが濃い新人が入ったなぁ』という感想だった。


「ぐすっ、ぐすっ」


 ただ、水都はこの初配信に向けて何度も練習をしていたり準備を重ねてきたため、配信についたたくさんの『低評価』に涙をこぼしているというわけだった。


「ま、まあVtuberに炎上はつきものですから……。水都さんもそんなに落ち込むことないですよ」

「灯って呼んで」

「あ、灯さん……」

「ぐすん、ぐすん」


 本当に落ち込んでいるのかどうか、傍から見ている大津からしたら怪しく見える。

 じとーっと大津は水都を見つめるが、水都は大津の腕のところに頭を被せているので、その心のうちは分からなかった。


 だからか、大津はお小言を言うにとどめた。


「だから言ったんですよ。政木さんの名前を出すとしても、初配信はダメだって」

「有馬、あいつうるさい」

「うるさいってなんですか⁉」

「まあまあ、大津さんも落ち着いて。水都さんもそんなこと言っちゃダメだよ」

「うん、わかった」

「私と政木さんで態度が違いすぎません⁉」


 大津は抗議の声を上げるが、政木がちゃんと手綱を握っているのでそこまで怒ることができない。


「まったく……政木さんもあんまり甘やかさないでくださいね」

「大丈夫ですよ」

「ほんとですか? 最近3Dの日程も決まって、さらにボイストレーニングにダンストレーニングとかなり忙しそうにしてますよね。政木さんも他人のことばかりじゃなくて、自分のことを気にしてくださいよ。ちょっと顔色悪そうですけど、やすんで……」

「有馬、あいつ早口うるさい」

「あはは……。心配してくれてるんだからそんなこと言うもんじゃないよ」

「水都さん‼ 帰りますよ‼」


 どうやら水都も政木に慰められて完全に回復したらしい。大津はそう判断して、水都を連れ戻すことを決めた。


「あ、待って。もうちょっとだけ」

「往生際が悪いですよ。政木さんの迷惑にもなりますから、早く事務所で打ち合わせをしに戻りますよ」

「ちっ。まあ、分かったよ……」

「じゃあ政木さん、お騒がせしました」

「いえいえ。また何か困ったことがあったら頼ってくださいね」


 大津は政木に深く頭を下げて、政木の部屋を出ていった。


 一人になったところで、政木はふうとため息を吐く。


「炎上、かぁ……また林檎さんにお呼ばれするのかな、彼女も」


 政木は自分の知り合いにいる爆発物処理班のことを思い浮かべ、苦笑いを浮かべた。

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