第41話 旧友
政木はその日、高級レストランの個室にやってきていた。
「おお正樹、すまんな待たせて」
「大丈夫だよ。そっちも忙しいでしょ?」
政木が待つ席にやって来たのは茶髪の爽やかなイケメン。
政木よりも少し身長が高く、しかし威圧感みたいなものはない。フランクな様子で政木に接している。
「いや~こうして会うのも久しぶりになるよな」
「すーちゃんも忙しいからね……」
政木の前に現れたのは、高校時代の友人である
2年ほど前からテレビで見ることも増えてきて、まだ主役はないが脇役として多くのドラマに出るようになった。
「まだまだだけどな。それよか、そっちは順調そうじゃないか。Vtuber、だっけ? あんまり詳しくないんだが、ずいぶん人気だって聞いたぞ?」
「いや、すーちゃんほどじゃ……」
「でも現場で一緒になったスタッフが、正樹の話をしてたぞ」
「それは嬉しいな」
2人はカチャンとワイングラスを交わして、静かに食事を始める。
お酒に弱い政木だが、浅川のような気の置けない友達とだけはこうして欲望に従ってお酒を飲むようにしている。
「でも高校時代の時は想像もしなかったな~。こうして2人で、しかもこんな高いレストランでご飯をすることになるなんて」
「そうだねえ……僕たちも高校を卒業してからもう7年、8年になるんだけどね」
昴は、政木の高校時代の唯一と言っていい親友だった。
政木はその性格からか、勉強と部活しかしていなかった。だから部活の友人からご飯に誘われても断ってしまうし、体育祭などの後に行われるクラスの打ち上げには決まって参加をしていなかった。
しかし昴はそんな政木のストイックなところを気に入ったらしく、弁当を食べるときに頻繁に誘っていた。昴も劇団に通いながら高校に行っていて、忙しいという共通項があったのも大きかったかもしれない。
「あん時はあん時で楽しかったけどな。まあ今の方が充実してら」
「それは同感」
そんなこんなで高校時代の思い出話に花を咲かせたり、今は何をやっているかとか政木がサラリーマンを辞めた経緯だとかをつぶさに話して1時間以上経った。
そこまで来るとお酒の弱い政木もかなりアルコールが回ってきて、2人は普段より踏み込んだ話もしていた。
「どう、すーちゃん。そろそろ結婚とか考えてる?」
「結婚、かあ。そういう正樹は?」
「僕? 僕はまだあれかな……あんまり女性をそういう目で見れないって言うか……」
「ああ、そういえばそうだったか…………すまなかったな」
2人が話しているのは、政木が彼女に浮気され別れた話だ。
実はあの時政木にその彼女を紹介したのは浅川だ。その女子はずっと政木のことが好きで、それを浅川に相談したところ政木に紹介する流れになったのだった。
「いやいや、すーちゃんが紹介してくれた人なんだから、悪い人じゃないよ。愛想尽かされた僕の方が悪かったんだって……」
「そうは言ってもな、あれでお前も結構女性不信になっちまったっていうか、かなり苦労しただろ? やっぱり紹介した俺にも非があるって」
「ううん。すーちゃんは謝らないで」
これまでに浅川はこの話を何度もしたことがある。彼にとっても後悔が残ることで、ずっと爪痕として心に刻まれているものでもある。
だがそれがいつであろうと――別れてすぐの時でも、今みたいに酔っぱらっているときでも――政木は元カノを責めたことは一度もなかった。
それだけ政木が優しい証拠で、浅川にとっては自慢の友人であるという証拠でもあった。
「じゃあ今はどうだ? なんかいい人見つけたか?」
「うーん…………どうだろうな……。まだ恋愛できる自信がないかも」
「そっか。まぁ、のんびりでいいさ」
そのまま2人は満足いくまで食べて飲んで語り合っていた。
「正樹、弱いのに飲みすぎだろ……」
すっかり眠ってしまった政木を肩に乗せて、浅川は店を出た。
しかし出てすぐに、女性3人組に声をかけられる。
「あらぁ、かっこいいですね。どうです、このあと一杯いきません?」
「お連れの方もかっこいい……というかドタイプだわ、どうしよう」
「眠っていらっしゃるの? あら、じゃあホテルで飲み直した方がいいかしら?」
見るからに高そうな服を着た3人。自分に自信を持っているのだろう。タイプの男たちを見つけて声をかけてきたらしい。
だが浅川は、さっさと断ってタクシーを呼ぶ。
「あ、すみませんが、この男にはもっといい女と付き合ってもらわないと困るんで」
「ちょっ……⁉」
女性が怒っている様子だったが、浅川は無視してタクシーに乗り込み政木の家に向かってもらう。
「ふぅ……正樹といると、こういうトラブルは避けられんな……」
浅川は車内でため息を吐く。
高校時代、政木を紹介しろと言い寄ってきた女性の数を思い出して、浅川は頭痛を覚えた。
あのときは浅川も厳選して1人だけを選ぶことになったのだが、結果的にはそれも間違いだったと浅川は思っている。
「ただ正樹もほんと、困り者だぜ…………」
タクシーの窓から夜景に視線をやりつつ、浅川はダンディにそう零した。
…………その10秒後、浅川の携帯が鳴った。
「あっ」
電話をかけてきた人間の名前を見て、思わず声を出す浅川。
出たくない。しかし電話に出ないことは許されない。
「あ~もしもし、うん、いま友達を家に送ってるとこ……いま何時かって? あ、えーと、21時です。……はい、はい、はい。いや、そのちょっとは勘弁していただけると…………はい、はい。ええ、今後はこのようなことがないように真摯に努めてまいりますので、はい、はい。ええ、失礼いたします」
浅川昴、25歳。
しっかりと彼女の尻に敷かれている。
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