第39話 #まさぐれ+みかんの地獄コラボ(裁判編)①

「さて、これから第6回まさぐれ地獄コラボを始めます。私、本日は検察官としての役目を務めさせていただきます、夕暮月日と申します。よろしくスチャ」

「眼鏡かけてないでしょ月日……」


 年が明けて初めてのまさぐれ地獄コラボはいつもと様子が違った。


 まずは配信場所。いつもは林檎のチャンネルで行なわれていたこのコラボだが、今回は夕暮のチャンネルで行なわれている。ということはつまり、今回の企画者は林檎ではなく夕暮だということになる。


 またタイトルには「裁判、判決を下す」という物々しい雰囲気の文言が書かれている。それだけでリスナーたちはただならぬ気配を感じ取っていた。


「はいそして裁判には弁護士も必要です。今回の弁護人はこちら、政木くん。どうぞ~」

「よろしく……お願いします…………」

「はいはい。そして裁判官には暇そうな緑先先輩を呼びました」

「私の紹介はついでか…………おっほん、異議あり!」

「それは検察官のセリフだったような……?」


 いつものメンバーである政木、そして人数が足りない時の緑先のメンバー自体は変わらない。『裁判官が異議言ってて草』『この裁判官ダメそう』などと好き勝手リスナーに言われているが、緑先に気にした様子はない。

 政木はなぜか申し訳なさそうにしているが、それについては誰も触れなかった。


「はいそして本日の主役にして悪役にして悪役令嬢にして最低最悪の被告人をお呼びするぜ。林檎みかんだぜ。はいどうぞ喋ることを許す」

「もはや設定が渋滞しすぎてて困るんですが……はい、どうも林檎みかんです。本日はよろしくお願いします」

「いけみんな、石を投げろ!」

「まだ罪状も言われてないのに投げられてたまるか!」


 最初からどろどろの殴り合いが始まっている。『くらえ林檎』『よくわからんがいけーい』『中学高校と野球部のベンチを温めていた俺の球を食らえ!』などとリスナーも既に盛り上がる態勢はできているようだ。


「じゃあまずは罪状の方を発表していこうか。えー、林檎君にかけられた罪は……『オフで政木くんと2人で会っていた』……ってえっ、林檎お前マジか」

「誤解です。誤解なんです」

「と言っているが検察官?」

「証拠はあります。私が被告人と電話をしていた際、政木くんの声が入っているのを確認しました。またその時に喫茶店にいたことも裏が取れてます」

「ふーむ。よし、有罪!」

「待ってくださいよ‼‼‼‼‼」


 林檎が抗議の声を上げるが、緑先は一瞬で判決を下した。


 しかしこの罪状にはリスナーも驚きだったようで、『林檎を許すな』『ちょっと果物だと思っていい気になりやがったな林檎』『はい炎上』『炎林檎炎』というようにコメント欄も林檎に対する非難の声が大きかった。


 まあもちろん、こうして裁判でネタにしているということは実際には何もないのだということは、鍛え抜かれたリスナーならだれもが分かっているのだが。

 燃やせるときに燃やす。それがリスナーの鉄則である。


「では被告人に弁解の余地を与えよう。林檎君、何か言ってみたまえ」

「はい、そうですね! まずは、政木さんと会ったのが、約束を交わして会ったのではなく偶然だということをお話ししましょう」

「ほう」

「偶然なんです。たまたま……そう、えーと、ボイストレーニングを受けるジムでですね、そこでうっかり一緒になったんです。それでそのあともちゃんと私は炎上しないように帰ろうとしたんです。はい、ここは大事だからもう一度言わせてもらいますが、私はちゃんと1人で帰るって言ったんです。それなのに雨宿りでたまたま入った喫茶店でまた鉢合わせてしまって……」

「ということだ、夕暮君、そしてリスナーたちよ」


 林檎の発言はご都合主義かと言いたくなるほど偶然が重なったという証言だが、たしかに怪しいところはない……はずだった。


 しかしそこは厄介リスナーたち。『政木はボイトレに通ってない、はいダウト』『政木、ボイトレ通いたいなぁってこの前の配信で言ってたばかり、はいダウト』『そもそも林檎は喫茶店ではなく居酒屋に入る、はいダウト』と痛いところを突かれてアウト。


 本当は林檎もダンスレッスンで会ったと口にしたいが、そうしてしまうと政木の3Dがバレてしまう。しかし今回は少し嘘を混ぜたことがあだになってしまった。


「なるほど、その証言は信ぴょう性に欠けているようだ。では弁護人、マサキチ君の意見を聞かせてもらおうか」

「はい……あの日は、たしかにボイスレッスンには行っていなかったんですけど…………ふ、ふらふらと出歩いた先の喫茶店で林檎さんにばったり会っちゃった……というか」

「うむ、どう見ても嘘だな。やっぱり林檎君は有罪だ!」

「えぇ⁉」

「ひどい、なんですかこの裁判は……」


 勝手に決めつけるような言い分の緑先。

 だがリスナーも『政木は暇があれば配信をする、はいダウト』『マサキングのその口調、嘘をつくときの口調だ。はいダウト』『林檎が怒られるだけだし、とりあえずダウト』『政木ごめんな……ダウト』というように緑先の意見を支持するようだ。


「これは有罪を免れないのでは? 林檎君」

「ぐ、ぐぬぬ…………なんでこんなことに」


 孤立無援(政木が役に立たない)の林檎は、諦めの境地に達していた。

 甘んじて罪を受け入れよう。不運だった自分が悪い。ツイッターのアイコンがうんちになる罪でも、語尾が日本酒の名前になる罪でも、何でも受け入れようと、そう思っていた。


 だがしかしそのとき、思わぬ方向から助け船が出たのだった。


「ねえみかん……」

「なんですか」

「政木くんと直接会って話したんでしょ? …………かっこよかった?」


 その言葉は、そこにいるリスナーを含めた全ての人間を呆れさせるには十分の威力を持っていた。

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