第19話 おうちデート(ではない)
結局長良が政木の家に来ることになったので、その日は政木も残業をほどほどに切り上げた。
遅くなると長良の帰りが遅くなってしまうので、仕事終わりにそのまま政木の家に直行。ご飯は政木の家で取ることになった。
「先輩と買い出し~♪ 先輩と買い出し~♪」
「わけわからん歌を歌うなよ……」
政木は安くなった食材を適当に買っている。長良は自分で食べたいと思った食材を買っているようだ。あと缶チューハイ。
会計をさっさと済ませて、二人は10分ほど歩く。
「あれが先輩の住んでるアパートですか?」
「少しボロいかな。女の子が喜ぶようなところじゃないと思うけど……」
「いいんです! むしろ見栄を張って家賃の高いところに住む先輩じゃなくてよかったです!」
「僕も男だからかっこつけたいんだけどな」
ふたりはぎいぎと鳴る階段を上って3階の奥の部屋へ。
ワンルームの部屋だ。
「ちょっととっ散らかってるけど、適当にどかして座って」
「…………」
「ん? どうした?」
「先輩……部屋汚すぎません?」
「…………」
そう言われて政木も自分の部屋を見る。
生ごみは処理をしている。衛生的には問題はない。
だが、服がハンガーであらゆるところに掛かっていたり、デスクの周りに配線がごちゃごちゃしていたり、本が平積みで山のように高くなっている。
「いや……そうか?」
「これはさすがにひどすぎです。わたし掃除しとくので、先輩はご飯をお願いします!」
「すまんな……客に掃除なんかやらせて」
「いえ、そういうの好きなので!」
政木は家の扉からすぐのところのキッチンで材料を調理しながら、長良の掃除を見守る。
長良もテキパキと片づけを進める。
「でも先輩が料理できるのは知らなかったですね~。普段からしてるんですか?」
「いや。普段はあんまり時間ないからパックご飯にスーパーで買った
「副業やってるならそうなりますよね~。あ、配線は自分で何とかしてください! わたしよくわからないので」
「ありがとう」
さっと作った炒飯をさらに盛りつけて、長良のところにもっていく。
クローゼットの下にあった丸テーブルを持ち出して、長良と囲んで食事をする。
「うわーおいしい! さすが先輩だ……!」
「普通の味だよ。でも誰かと食べる料理はいいな」
「一人暮らしになると、それが分かるようになりますよね~。わたしもいま、本当に楽しいです!」
ふにゃりと笑う長良。つられて政木も笑う。
「なんかこうしてると、新婚さんみたいですね~」
「ぶふっ‼ い、いきなりなんてこと言うんだよ!」
「冗談です冗談。ほら、これで拭いてください」
傍から見れば、長良の言う通り夫婦に見えたかもしれない光景だった。
「これで顔の動きを追跡して、こうやって配信するんだ」
食事を終えた政木は約束通りVtuberの仕事について教えていた。
「すごいですねこれ! どうなってるのか、さっぱりです」
「僕も分からん。専門家じゃないからな」
狭い部屋で2人、パソコンに向かっている。
長良が椅子に座っており、政木は後ろから教えるような格好だ。
「それでこっちの画面でゲームをしながら、こっちの画面でコメントを読むんだ」
2つのモニターを指さしながらこっち、こっちと政木が説明する。
「どうやってコメントを選んでるんですか? 配信の時によくコメントを読み上げてますけど」
「目にとまったやつだよ。基本的にルールなんてないかな。あんまり過激なやつとかは拾わないくらいで」
こうして色々と教えていると、政木は長良が入社してきたころを思い出す。
メールの書き方であったり、仕事のやり方であったり、政木が付きっきりで長良に教えていた。
といっても長良は物覚えが早かったので、そこまでその時期は長くなかったのだが。
「……先輩、聞いてます?」
「ああ、悪い悪い。考え事をしてた」
「なんですかもーっ。ちゃんと聞いててくださいよ!」
「ごめんごめん」
頬を膨らませて抗議する長良に、政木も苦笑いでたしなめた。
「でも先輩……ひとつ疑問に思ってたことがあったんですけど、いいですか?」
「どうした?」
「先輩って平日とかでも2日に1回の割合で配信をしてますよね?」
「そんなところまで振り返ったのか……」
アーカイブ動画を見る人は多いが、その日時まで確認する人間は少ないのではないだろうか。
「それで、それがどうかした?」
「えっと、単純な疑問なんですけど……先輩っていつ配信してるんです?」
「いやだからその平日に2日に1回の割合だけど……」
政木としては質問の意図が分からないのでこう答えるしかない。
それに対し長良はそこら辺にあった紙とペンを持ってきて、円グラフを書き始めた。
そして線を引いて円を分けていく。
「先輩っていつも7時には出社してきますよね。そこから残業して20時に終わって、家につくのが21時だとして……。どこに配信する時間があるんです?」
「22時から?」
「そこから1時間も2時間も配信するんですか?」
「します」
政木が素直に答えると、長良はこれ見よがしに「はぁ」と大きなため息を吐いた。
「な、なんだよ」
「もう先輩……この際ですから言いますけど、働きすぎですよ」
「働きすぎ?」
「はい。先輩は1日にどれくらい寝てるんですか?」
「4時間くらい?」
「はぁ……」
もう一度ため息を吐く長良。
そして意を決して言った。
「うちの会社やめて……一本に絞った方がいいんじゃないですか?」
「僕が、会社を……?」
「だって先輩、Vtuberの方が稼ぎがあるんですよね? それだったら辞めた方がいいですよ。課長にぶつぶつ言われなくて済むんですし」
長良からVtuberに絞ったほうがいいと言われるとは、政木も思っていなかった。辞めろと言われるなら、Vtuberの方だと思っていた。
しかし長良にとっては、辞めてほしくないという思いよりも、幸せに生きてほしいという思いの方が強かった。
そしてどちらを辞めた方が幸せなのかは、すぐに分かる話だった。
「まーでも、会社を辞めた後もお節介は焼いてもらいますけどね!」
長良に背中を押され、政木の気持ちはある意味吹っ切れた。
「……そうだな。課長に相談してみることにする」
「どうせ偏屈な課長ですからねっ。すぐには辞めさせてもらえないでしょうけど!」
「それは間違いないな」
2人は笑い合って、それから一緒に退職願の書面について話し合っていた。
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