第18話 とうとう

 週明け、いつも通り朝早くに会社に到着すると、そこには既に長良の存在があった。


 だが、どこか眠そうな顔。目をこすってなんとかパソコンに向かっているという様子だ。


「おはよう長良。どうした、寝不足?」

「あ、先輩‼」


 しかし政木に気付いた途端に――急接近。


「ちょっ、長良⁉」

「少し話があります。来てください」


 来てくださいと言いながら、有無を言わさぬ力で引っ張られる。

 この小柄な体のどこにこんな力があるのだろうと思ったが、それを口に出す余裕もない。


 そのまま連れていかれた先は、朝早くで使われていない会議室だった。


「ど、どうしたんだ。こんなところに連れてきて……」

「先輩」


 政木の問いかけに、長良はきっと真剣なまなざしで返した。

 そして手に持っていたスマホの画面を、ちょっと背伸びをして政木に見せる。


 怖い顔をした長良は、政木を正面に捉えながら訊いた。


「これ、先輩ですか?」


 画面に映っていたのは、政木のYoutubeのホームページ。

 政木を正面から撮ったアイコンと、『チャンネル登録者数 10.8万人』という字面が並んでいた。


 政木は既に汗がびっしょり。夏といえど肌寒い朝にである。


 とりあえず政木は誤魔化すことにした。


「い、いや。知らないよ。えっと、Vtuber?」

「知らないって嘘ですよね」


 だが一瞬で看破されてしまった。


「先輩、嘘をつくの下手なの、そろそろ自覚しておいた方がいいですよ。決まって目が泳ぎますし、拳に力が入ってます」

「⁉」


 恐るべき後輩の洞察力に政木は肝が冷え上がる。

 自分でも気が付かない癖を、まだ会って1年の後輩に見抜かれていた。


 実際は政木が分かりやすいだけなのだが。


「…………どこで、これを?」


 政木はVtuberであることを肯定も否定もしないまま、詳しく深ぼってみることにした。


 長良も隠す気がないようで、臆さず答える。


「わたし、Youtubeでよく音楽を聴いているんです。歌い手の人とか、そもそもオリジナルのボーカロイド曲とか結構好きで」


 政木は意外に感じた。

 長良がそういったネットのサブカルチャーに興味があるとは思っていなかった。


 知っていたらもっとちゃんと隠していた。隠していてもどうせ変わらなかった可能性が高いが。


「それで先輩が歌った曲を見つけて、オリジナルの方をもとから知っていたので聞いてみて。最初のイントロを聞いただけで分かりましたよ、先輩だって」

「ほ、他の似たような声の人かもしれないだろ?」

「いいえ、絶対に先輩です。先輩って、こう、表現がしづらいんですけど、中でぼよぼよって響く感じの声なんですよ」

「表現力が……」


 政木が職業柄ツッコミを入れてしまう。

 長良はそこを指摘されるのが恥ずかしかったようで、「ごほん」と咳ばらいをして続ける。


「それにアーカイブに残ってる配信を全部見ました。絶対に先輩の話し方です」

「全部見たのか……」


 どうやら寝不足の原因はそれらしい。

 そこまでして確証をえなくても、3つくらい見ればわかるだろうに……と政木は思ったが口にしなかった。


 全部見なければいけない理由でもあるのだろう、と推測する政木。


 というかそんなことに気を回している場合ではない。


「まさかここまで証拠を並べたのに、否定とかしませんよね?」

「…………分かったよ。認める」


 政木はおとなしく観念して、長良に言う。


「ずっと黙ってて悪かったが……Vtuberを副業でやってるんだ」

「はいっ。よろしいっ」


 そしてどうやら長良が不機嫌だった理由は彼女に隠し事をしていたから、らしい。


「でも許してくれ。Vtuberっていう職業はやってることがバレるとあんまり良くないんだよ」

「大丈夫です、誰にも言いませんから。2人だけの秘密にします」

「他にも知ってる人はいるけどね……」

「細かいことは気にしない!」


 でふーんと大きな胸を張って、長良が満開の笑顔を見せる。


「あ、でもVtuberってなんですか? 詳しく教えてくださるとありがたいんですが……」


 政木としても、ずっと長良に言えてなかったことは心に引っかかっていた。

 だからこうして長良によくない形ではあるがちゃんと伝えられて、そして理解してもらえたことは嬉しかった。


 しかし、それが失言を招いた。


「ああ、ならウチ来る?」


 政木の言葉に、体が固まる長良。


「えっ、えっ?」


 そして長良が動揺していることで、ようやく政木も自分がとんでもないことを言ったことに気が付いた。


「あ、ち、違う‼ そういう意味で言ったんじゃなくて、だな!」


 政木が必死に弁明する。しかし顔や耳まで真っ赤にした長良には、聞こえた様子がない。


「先輩と……ついに…………?」

「違うから‼」


 ゆさゆさと揺らして、ようやく長良は「はっ……」と目を覚ました。


「先輩、いまわたし……?」

「正気の取り戻し方がすごいテンプレだな……」


 呆れた政木は、気を取り直してもう一度言う。


「そういう意味じゃなくて。Vtuberって、基本的に自宅が仕事場なんだ。だからウチに来てもらえたらなんとなく仕事の雰囲気が分かるかもって思ったんだけど……。ごめん、デリカシーない発言だった」

「いえ! そういうことなら、お邪魔させていただきます!」

「分かってくれたならよかった……………………って、え? くるの?」

「はいっ!」


 前言を撤回したつもりになっていた政木だったが、長良はそうは思わなかったらしい。


 ニコニコと屈託なく笑う後輩を見て、「さっきのは間違いだから……」とは言えない政木であった。

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