第12話 MTG(ミーティング)

 政木は休みの日、『トリミングV』事務所のオフィスの方に来ていた。


 直接打ち合わせをしたいとマネージャーの大津から連絡があり、やって来た次第である。


「実は、政木さんのグッズ発売の話がありまして」

「ぐ、グッズですか⁉」


 驚く政木に、大津は冷静にプリントされた紙を渡す。


「これがグッズの候補です。アクリルスタンド、アクリルキーホルダー、缶バッジなどです」

「す、すごい……」


 アクリルスタンドは政木の全身をそのまま立てられる形にしたもの。アクリルキーホルダーや缶バッジは政木をデフォルメにしたもの。

 どっちも「ちゃんとしたグッズ」で、政木にはどこか自分のものとは思えなかった。


「これが、発売されるんですか……?」

「発売される予定です。ただ政木さんには監修をしていただいて、売りたくないグッズがあれば止めてもらったり、改善してほしいグッズがあれば意見を出してもらいます」

「カンシュウ、イケン」

「落ち着いてください」


 自分とは関係のないような単語が、政木に降りかかってくる。


 思考回路がショートしている政木を大津はフォローした。


「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。事務所の方でもチェックは入れてますし、もし決められないというなら事務所の方で選んだものを販売してもらえるようにしますから」

「そ、そうなんですか?」

「それに私もいますので。業者と直接話すのは私が行ないますから、政木さんは思ったことを私に言ってくださればいいですよ」

「大津さん……!」


 政木は全て自分で決めなければいけないと勘違いしていたので、そのフォローは効果的だった。ただ思ったことを言えばいいというのは、簡単なことだ。


 しかしいきなり重責から解き放たれたと思った政木。

 普段はやらないような行動をしでかすには、十分だった。


「あ、ありがとうございますっ‼ 大津さんがいてくださって本当に良かったです……!」

「えっ」


 政木が大津の右手を握ったのだ。しかも両手で、包み込むように。


 今度ショートするのは大津の方。

 そして遅れて政木も気付き、パッと手を離した。


「あ、え、あの、すみません……‼︎ つい、興奮しちゃって…………」

「い、いえ……べ、べ、べ、別に……………………」


 もっと握っていてくれてもよかったんですけど……という言葉をぐっと飲みこむマネージャー大津。

 ギリギリのところで、オタクとしての領分は守った。


「……一回お茶でも淹れ直しましょうか」

「そ、そうですね……ほんとすみません……」


 さっきまで予定外のことに動揺していた大津。しかし、分かりやすく落ち込んでいる政木を見てまた興奮していた。


(やっぱり政木ちゃんは落ち込んでいる姿が一番ね♪)


 最低最悪な独り言は、政木の耳にまでは届かなかった。






 ミーティングはもう少しだけ続いた。


「もうひとつ、言いたいこと……。これは提案なのですが」

「提案?」

「登録者10万人記念に、何かしませんか?」


 大津の提案は、登録者数9万人が目前になっていることを踏まえた話だった。


「1か月くらいで10万人はいくと思いますけど……どうですか?」


 大津の問いかけに「うーん」と悩む政木。


「何かやろうっていう気持ちはあります。でも、何をすればいいか……」


 多くの配信者は登録者数がキリ番になるたびに普段しないことを行なうのが通例だ。だからもちろん政木にも色々と案はあった。


 手っ取り早いところで行くと10万人耐久配信。登録者数が10万人にいくまで配信を続けるというものだ。


「でも耐久配信は……政木さんはやめておいたほうがいいですね」

「どうしてですか?」

「絶対にリスナーにいじめられると思います。10万人になる少し手前で一気にチャンネル登録を解除されたり」

「僕、リスナーに嫌われてるんですかね⁉」


 そうではないのだが、政木に言う必要もないと大津は判断。


「私からの提案としては、『歌ってみた』の動画を出すことを提案します」

「歌……ですか?」


 配信者が登録者記念に歌を出すことは珍しくない。

 特にVtuberはそういった傾向にある。


 多くは同じネット文化であるボーカロイド曲のカバー。ほかにも流行っている曲をカバーしたり好きなアニソンをカバーしたりということもある。


「どうですか、やってみませんか?」

「曲って言っても……自分、歌とかあんまり自信なくて」


 しかしその一方で『歌ってみた』動画を出さない配信者も多くいる。歌に自信がなかったり、声質と歌が合っていなかったりすると動画を出すのに躊躇することもある。


 だが、そんな政木の心配を大津は自信満々の顔で吹き飛ばした。


「大丈夫です‼ 政木さんに合うと思う曲を100曲選んできたので、その中から選んでいただければ心配ないです‼」

「ひゃ、100曲⁉」


 大津は曲の題名が羅列された紙を政木に渡す。


「私が厳選に厳選を重ねて選んだ100曲なので、どれでも間違いないです‼」

「厳選して100曲⁉」

「それに信頼できる絵師さんの方と動画編集者さんとmixができる方を手配しておきます! あ、もちろん政木さんの希望の方がいればそちらの方を優先させていただきますけども‼」

「は、はい……」


 こうして大津のゴリ押しによって、政木の10万人記念は『歌ってみた』の動画を出すことに決まった。





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