第11話 たしかな変化

「いきなりなんだったんだろうな……」


 政木はその日もいつも通り仕事を終えて、最寄駅から家までの歩いて帰っているところだった。


 一週間前のコラボ、そしてそのあとに送られてきた夕暮からのラインを思い出す。


「ま、まあ、他の人に送る予定だったんだろう…………」


 とりあえずそう思い込むことにして心を落ち着かせる。あれはそう思い込まないとやっていられない代物だ。


 じりじりと鳴いている虫の声をバックミュージックに、汗をじわりと背中にかきながら家路を歩く。


 と、帰り道の途中の公園を通ったときに、ふと目を引かれる光景があった。

 女子高生が猫に餌をあげている姿だった。


 黒髪を耳にかけて笑っている。どことなく不思議な雰囲気を持った子。


「大丈夫? どうかしたの、こんな遅くに」


 政木が残業をして帰ってきている時間だから、夜の8時を過ぎている。

 少なくとも制服を着た女子高生が出歩く時間ではないような気がした。


「ネコに餌をあげてるの」

「偉いんだね」

「ネコはかわいいから」


 少女の返しは政木にとってはよくわからなかったが、なんだか深い意味があるように感じた。

 そして政木がその意味について考えていると、今度は少女から話しかけてきた。


「おじさん、ボクの知ってるVtuberさんに声が似てるね」

「――――っ⁉」


 政木はドキリとした。

 まさかVtuberという単語が彼女の口から出てくるとは思わなかったからだ。


「そ、そうなんだ」

「うん。ボクの推しなの。知ってる?」

「し、知らないなぁ……」


 政木はとぼけたふりをするが、少女は全てを見透かしたようにニヤリと笑う。


「そうなんだ」


 だが少女はそれ以上を問い詰めるつもりはないようで、猫を抱きかかえて夜の中に消えていった。最後にまたね、と言い残して。


「一体あの子はなんだったんだろう……」


 なんとなく、またどこかで会うような予感。

 政木の中にはそれだけがあった。





「それじゃあ、スーパーチャットを読ませていただきます」


 Vtuberをはじめとする多くの配信者には、配信の終了時にスーパーチャット読みと呼ばれる恒例行事がある。


 やることは簡単で、配信中に送られたスーパーチャットの送信者の名前とコメント内容を読むことだ。


「まるまる、さん。スーパーチャットありがとうございます」


 人によっては簡単に済ませてしまう人もいるが、政木の場合は一人一人に時間をかけるタイプだ。


「ロボちゃんさん、あ、赤スパ、ありがとうございます。『政木さん、最近登録者が増えてきて大変なことも増えただろうけど頑張ってください』はい、ありがとうございます!」


 もちろん有名な配信者に関しては一回の配信で送られるスーパーチャットが多すぎて、全てを丁寧に読み上げていると3、4時間かかってしまう人もいる。

 だからこそ政木は、登録者数がそこまで多く無いぶん、この時間を大事にしていた。


「夕暮ひねり隊さん、ありがとうございます。『夕暮のコラボからやってきました~』ありがたいです! 結構多いですよね、夕暮さん経由で知ってくださった方」


 そして夕暮とのコラボを通して、チャンネル登録者数は8万人を突破。

 貰うスーパーチャットの量も、1万人だったころに比べて10倍以上になっている。


「ひまじろうさん、ありがとうございます。『結局ラインはどうなったの?』いえ、特に何も連絡とか来てないですね。う、うん、キテナイキテナイ」


『あれ、政木?』『挙動おかしくね』と勘の鋭いリスナーに指摘されるが、それはスルー。


「滋賀ヶ島さん、ありがとうございます。『政木ちゃんいつも応援してます! お忙しそうにしてますが専業になったり引っ越したりしないんですか?』いや、今のところは専業にするか迷ってますね……。ありがたいことにVtuberだけでも生計が立てられそうなんですが、急に本業の方をやめるわけにもいかないので。引っ越しは少し考えてます」


 政木はこのように言っているが、専業にするという選択肢ができたという意味では大きな変化だ。


「ではそろそろ終わりにします。お疲れさまでした~」


 政木は自分に起きている大きな変化を実感していた。

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