第7話 長良との飲み会
政木のチャンネルはあれから驚くほど伸びていた。
2週間でチャンネル登録者数は6万人を突破。月の収入も10万円を越す勢いである。
『それで次のコラボですが』
そして今は林檎と夕暮の2人と次のコラボの内容について話し合っているところである。
『また雑談~? それともなんか考えあるのみかん~?』
『次は
「い、一応できます」
Vtuber業界で麻雀配信は人気のコンテンツのひとつである。話しながら遊べるコンテンツで、なおかつ役満と呼ばれる超低確率の事象が起きれば配信は大いに盛り上がる。
そういうった特性から、本気で遊ぶというよりはワイワイやるコンテンツなのだが……。
『ちなみに勝った人は負けた人のラインをゲットするという企画になってます』
「ちなみにの後が炎上確定のルールだった…………」
『え、わたし政木くんのラインゲットできるの⁉ やります! やります!』
『お、魚が食いついたな』
自分のラインが餌にされている……と政木は顔を引きつらせた。
どうやら本気でやるタイプの麻雀らしい。
「あの、それ本当にやるんですか……? もし負けたらラインを本当に?」
『もちろんです。ガチでやらないと一番冷めるので』
「ひ、ひええ……」
『大丈夫、政木くん安心して! もしライン交換できたとしても会話は一時間に一回しか送らないし、既読も10分以内につかなくても全然許せるっ!』
『ね? 罰ゲームにふさわしいでしょ?』
「あはは…………頑張ります」
まさしく命を張ったコラボであることは間違いないなと、政木はひしひしと感じた。
「先輩! 今日の帰り、時間ありますか~?」
夕方――通常の社員は帰るとされる18時に、長良からそんな提案があった。
「今日か……うん、いいよ」
「やったー!」
配信がない日であることを確認して、了承の意を示す。それに対し長良は持っていたバインダーを上に掲げ喜びを表している。
ちなみに長良は政木がVtuberをしていることを知らない。これは別に大きな理由があるわけでもないが、長良にはそういう話をしても分からないだろうなと政木が想像しただけだ。
「でもちょっと待ってて。まだ仕事が残ってるから」
「はーい! あ、仕事ちょっともらいますねー!」
「おいおい……」
上司がいないことを確認して、書類を一束もっていく長良。彼女は日中にこういうことをすると課長から怒られるのでやらないが、いないと途端に奔放な動きをする。
「さっさと終わらせないとな……」
部下よりも仕事を終えるのが遅かったら幻滅されてしまうだろう。
政木はフリ〇クをひとつ噛んで、また仕事に没頭していった。
「それで先輩! 聞いてくださいよ!」
「聞く、聞くから‼ 落ち着け」
オフィスの近くにあるチェーン店の居酒屋に入って注文を終えると、長良は座敷の机にぐでーんと体を倒して愚痴を吐き始めた。
その際、どかっと大きな果実が2つ机にのしかかったのを見て、政木が顔を赤らめたのだった。
「もうほんと酷いんですよ、課長。あいつは絶対に昇進させてやらんとか、課長の発注ミスなのに先輩に押し付けたりして‼ ほんとろくでもない上司です!」
「ははは……」
こうなった長良は政木には止められない。届いた生ビールと枝豆をたらふく口に含んで「ぎゅへー」と謎の鳴き声を出すと、また止まらずに話を続ける。
「先輩がどれくらい仕事してるのか、分かってるくせに! ほんと、先輩がいなかったらうちの課はブラック企業になってます!」
「いやいや、そんなことないよ。長良もそうだけど、みんな本当によく頑張ってくれてるし……」
「そんなことなくないです‼ 先輩はもっとちゃんと自分に自信を持ってください!」
「ほんとに持ち上げすぎだよ……」
お酒に弱い政木はレモンサワーをちびちびと呷りながら、枝豆を片手に後輩の話を真面目に聞いている。
しかし、長良はそれをよく思わなかったようで。
「せんぱいっ、のんれます~? あ、ちょっと、そんなんれいいと思ってるんですか~? ほら、もっとのんれください!」
「長良は飲みすぎだよ…………」
「ほんと酷かったんれすから~のまなきゃやってられないれすよ~‼」
もともと真っ白だった顔を赤くして飲む長良。活舌もかなり怪しい。
「ところれせんぱい~……かのじょ、いますかぁ~?」
「な、なんだよ急に……」
「おかあさんがうるさいんれす‼ まだあたし23なのに、『男はいるか~結婚する気はあるのか~』って」
「そ、そうなのか……」
今日の本題はこっちだったのだろうか、と政木は思い当たった。
課長の愚痴は何度も聞いたことがあるが、恋愛に関する愚痴は聞いたことがなかった。お酒でも飲まないと言えないのだろう。
「でも長良なら彼氏くらいいるんだろう?」
「……なんれすか、セクハラれすか?」
「ど、どこにセクハラ要素があった⁉ い、いやしかしこういうのは、受け取り側が不快に思ったらダメなのか……?」
「じょうらんれす。んもー、せんぱいはかわいいんだから~」
「せ、先輩にかわいいとか言うなっ!」
政木は必死に抵抗するが、酔っぱらいには勝てない。
頬を「うりうり~♪」と人差し指で突っついてくる長良に、政木は抵抗できなかった。
「それれ、せんぱいはかのじょいるんれすか~?」
「い、いないよ‼ 悪かったな!」
「……そうれすか」
いきなり静かになる長良。
「ちょっと、なんか反応してくれよ……恥ずかしいだろ」
「じゃあ生のおかわり」
「まだ飲むのかよっ‼」
その後ふらふらの長良を彼女の家まで送っていくことになった政木。
途中から寝てしまったので非常に大変だった。
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