第2話 初顔合わせ
政木はその日も仕事を19時過ぎまで行なった後、急いで家に帰った。
今日のコラボは林檎みかんのチャンネルで行なわれる。だから配信準備をする必要は自分でやるときに比べて多くない。
しかし21時にはコラボに向けて打ち合わせをすることになっていた。
「やばいな、さすがに緊張する……」
相手は登録者数が3桁万人を越えるような人たちだ。明らかに場違いなのはわかるし、配信を見に来る人たちの大体は自分のことを知らないと言ってもいい。
政木の心の中にあるのは「何としても成功しなきゃ」ではなく、「何としても失敗しないようにしなきゃ」である。
そこまで登録者数を増やすことに心血を注いでいない政木からすると、「悪い印象だけ与えなければいい」という心構えだった。
21時になる少し前に、誘われていたディスコードサーバーに参加する。
『いやもうほんと緊張しすぎてゲロ吐きそう。やばい、タスケテ……』
『ゲロとか本人の前で言っちゃダメだよ。絶対に引かれるから………………ってあ、まずっ』
『え、なに、どうした林檎。おいみかん。どうした………………って、あっ』
通話に入った瞬間、政木は入るタイミングを間違えたということに気が付いた。
禁断の女子トーク。それは他人には聞かれてはいけないからこそ、禁断なのである。
「こ、こんばんは……。今日はその、よろしくお願いします」
なんとか静まった空気を変えるために、ひとまず挨拶をしてみた。
しかしそれに対して、2人は直接の反応をしなかった。
代わりに。
『やばい、みかん大福』
『だれが大福じゃおら』
『声…………良すぎて、今日のコラボだめかも』
『キモイ、キモいぞ、発言が』
「えと、あの」
『やばい、これ以上は耳が
『ごめんなさいね、政木さん。こいつ、本当に政木さんの厄介リスナーみたいで』
「いや、あの、褒めていただけるのは嬉しいんですが……」
政木としては、反応に困る反応だ。
既にまともな理性を保てていない人間が1人、あまり関わりたくなさそうにしている人間が1人。政木としてはどこのポジションに収まるのかが難しいところだ。
「それで、打ち合わせの方を……」
『そうですね。じゃあこいつ抜きで進めますね』
林檎はひとまず夕暮のことを無視するように決めたらしい。2人の絆の深さが成せる技なのかもしれない。
それから大まかな説明を受けた。
基本的には夕暮が司会進行をして、リスナーからの質問に政木と夕暮が答えていくという流れだ。質問の内容はあらかじめ教えられることはなかったが、事務所に確認してOKをもらったとのことだったので大丈夫だろうと判断した。
『あ、あとこの厄介リスナーが多分途中でキモいことを言うと思いますが、適当にスルーしてもらって構いません。ツッコミとかも遠慮なくで大丈夫です。こいつのリスナーにそういうこと気にする人おおくないんで。あんまり失礼なこと以外は炎上しないです』
「そうなんですね…………すごいなあ」
すっかり林檎からドブネズミのような扱いをされている夕暮。これが登録者数100万人越えの世界かあ、と政木は素直に感心した。
『それじゃあそろそろ始めるので、よろしくお願いします』
しかしすぐに林檎の声で政木は緊張感を取り戻して、意識を切り替える。
そしてここから、地獄のコラボ配信がスタートしたのだった。
#まさぐれの地獄コラボ
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