第48話 工房と市場へ3

 工房を出て、次は市場へ向かう。冷たい風は、冬の気配を存分に感じさせた。


「何か食べたいものはあるか?」


 保存のきくような物は残してあるものの、野菜や新鮮な肉、卵といったものは買い揃えないといけない。裏を返せば、買い揃える前だからこそ希望を聞くことができるという訳だ。


「ん、何でもいい」


 そう言われると困るんだよなあ。と思いながらメニューを組み立てる。小麦があったはずだし鶏肉やトマト、チーズと合わせて粥でも作ってみようか。あんまりスープとかシチューばっかりでも、みんな飽きるだろう。


「……ねえ」


 市場に到着し、目当ての品を探していると、イリスが唐突に話しかけてきた。


「少数民族同盟で、何があったの?」

「何って……罪源職と戦っただけだけど」


 イリス相手に、あそこでの出来事は詳しく話したくなかった。オース皇国では、俺とイリスで復讐を止めた。その俺が、あそこでは復讐に駆られていた。それがとても後ろめたい。


「本当に? 絶対何かあったでしょ」

「……何でそう思う?」


 問い詰めるような聞き方をする彼女に、少し苛立ちを覚えつつ聞き返す。


「だって、何も話してくれないじゃない」

「ギルド支部の申請は通ったんだからいいだろ」

「片腕が無くなったとかいうし……」


 彼女の言葉に、俺は意図を察する。彼女は、興味本位で聞いているのではなく、心配しているのだ。ならば、俺もある程度は話さなければならないだろう。


「罪源職との戦いは激しかったが、向こうの現地で見つけた遺物の力と、仲間の協力で何とか無事に済んだ。運が良かったというべきだろうな」

「……次は、私もついていくから」


 怒っているような、泣いているような声で、イリスはそう言って俺の肩を叩いた。


「心配させてすまない」


 旅にはサーシャも居たし、帰り道にはシズもいた。何も問題ない旅路とは言えなかったが、それはいつものことだと思っていた。


 だが、イリスは巡礼の旅をしていたとはいえ、聖職者ならそんな危険とはほとんど無縁だろう。自分にとって普通でも、彼女にとっては普通ではないのだ。


 ちょっと気まずくなって、肉と乳製品を売っている店で、俺は少し高めのチーズを買う事にした。良い物を買って、ちょっとは機嫌を取ろうという作戦だ。


「これを頼む」

「ちょっと、そのチーズ高すぎない?」


 しかし、その考えはほかならぬイリスによって待ったを掛けられてしまう。


「え、ああ、帰ってきたし、たまにはいいものをって――」

「どうせ旅先でもいいもの食べたんでしょ、だからそんなに高いもの買わなくていいの」


 ……イリス、怒ってるなあ。俺はそう思いつつ、一つ価格帯の低いチーズを買った。

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