第47話 工房と市場へ2

「……そうか」


 無理に聞き出すようなことはしなかった。イリスも話したくないような事がいくつかあるだろうし、俺も話したくないことはある。


 なんとなく気まずくなって、その後は無言で工房まで歩いた。


「あっ! ニールさん、お久しぶりです。どうですか? 魔力収束炉の調子は」


 工房の扉をくぐったところで、工房長が威勢よく声をかけてくれた。俺はその声に、後ろめたいものを感じつつ、おずおずと壊れたそれが入った袋を差し出した。


「あー……すまん、少数民族同盟の方でちょっと戦いがあってな」


 当惑したような顔をして袋を受け取った工房長だったが、その袋を手に持った瞬間すべてを察したように、小さくため息をついた。


「なるほど……軽く見てみましょう」


 彼は作業台まで俺たちを案内する。


「ちょっと、何やったのよ? あの籠手みたいなの、結構丈夫だったでしょ?」


 イリスが耳打ちしてくる。まああれが壊れるのは中々想像できないよな。


「……しょうがないだろ、遺物持ちの罪源職と戦う事になったんだ。腕とか持ってかれたし」

「もっ――」


 絶句するイリスを放っておいて、俺は壊れた魔力収束炉が乗った作業台の近くまで行って、改めてしみじみとそれを観察する。


「直せそうか?」

「正直きびしいですね、一番でかい絶縁材を竜骨として使っていたので、元に戻すのは絶望的です。ある程度のデチューンか、巨大化重量化のどちらか、あるいはその全ては避けられないかと」


 困ったな……これから先、ギルド支部を置くとなると難度の高い依頼も増えるだろう。そうなった場合、仕事に支障が出てくることも考慮しなければならない。


「何ともならないか」

「はい、こればっかりは物がないので」


 呪象をもう一回狩りに行くか? いや、冬の前でその上ギルド支部設立の真っ最中だ。今の時期に複数人で狩りに行くわけにもいかない。


「どうしたもんかな……」


 かくなるうえは修理を諦めてこの神銀製の小太刀でどうにかするしかないか。俺は懐にある柄を撫でた。


「あれ、ニールさん珍しいものを持ってますね。倭刀ですか?」

「これか? ギルド支部設立を申請する時、いろいろあってある人から譲ってもらったんだ」


 そう言って刀身を見せてやる。波紋状の酸化被膜と、神銀の輝きが露わになった。


「……ちょっと、見せて貰っていいですか?」

「あ、ああ」


 工房長の目が変わったような気がした。


 俺は彼に応えて、作業台に小太刀を置く、白木で作られたシンプルな小太刀だが、見る人が見れば相当なものだというのが分かるはずだ。


「一晩お借りしてもいいですか? 何とかなるかもしれません」


 工房長は、注意深く刀身の反射と強度を確かめた後、そう言った。

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