第17話 桐谷家令嬢

「情報は集まったか?」

「ああ、一応は」


 結局、あの後向かった酒場では酔いつぶれかけの客相手に、二言くらいしか会話できなかった。現状では色々と不安があるものの、白金等級を相手取って腹芸などできるはずもない。


 そういう訳で俺たちは、前日にあらかじめ決めておいた集合場所――ギルド所有のセーフハウスで、正直に報告することにした。


「……というのが、俺たちが調べたことのすべてだ。シズにとって、過去を探られるのはあまり気分のいい物じゃなかっただろうが、成り行き上だ、すまない」


 俺が報告し、所々サーシャが補足する。しっかりと情報は過不足なく伝えた筈だ。


「なるほどな」


 シズはそれだけ言って、鼻を鳴らす。それには不機嫌さよりも、難しい事を考えているような素振りだった。


「一つ質問だ。私にそこまで話した理由は何だ?」


 しばらく考え込んでいた彼女だったが、不意に顔をこちらへ向けてそんな事を聞いてきた。


「白金等級だろ? だったら、俺たちが心配するようなことは全部織り込み済みだと判断した」


 仇の所在を知って、我を忘れて猪突猛進するようなら、白金等級になどなれない。最高位の等級を与えられるという事は、それほどの信頼度を持っている。


「なるほど、では合格だ」

「合格?」


 口元を緩めたシズに、俺は問い直す。


「ああ、情報収集などはどうでもいい。私が見ていたのはお前たちの動きだ。まず第一に、簡単に手に入った情報で満足して調査を止めない事。そして、伝えにくい事であってもしっかりと報告できる事。最後に、私を信頼する事。この三つだ」


 彼女は指を一つずつ立てて解説してくれた。


 まず、簡単に手に入る表面的な情報だけで判断することは危険であり、言うべき情報を言わないことも、それは十分脅威だ。そして……


「一緒に行動する同業者を信頼しなければ、協力する意味もない」


 彼女はそう言って、両手を叩く。


 すると奥の部屋から一人の男が入ってきた。身なりとしては御者だろうか?


「志藤家へ向かうぞ、この者たちも一緒だ」

「はい、お嬢様」


 恭しく頭を下げ、御者は部屋を出ていく、しばらくするとセーフハウスの外で馬のいななきが聞こえた。


「さあ、向かうぞ」


「え、えっと……シズってもしかして、お金持ち?」


「……自己紹介で名乗ったはずだが」

「あら、ニール、気づいてなかったの? 彼女の名前、シズ・キリヤよ」


 苗字は、自ら名乗りださない限り、貴族の物だ。名乗りだすにも、自分でそう言い始めるだけではなく、色々な制約が……


「そうだな、一応改めて名乗っておこう。私は桐谷家長女、静だ。短い間だろうが、よろしく頼む」


 動揺しまくる俺を見て、彼女は静かに笑った。

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