第58話 カイロス8
一歩、態勢を立て直した直後で隙のあるハヴェル神父に肉薄し、太腿から削ぎ落すようにナイフを滑らせ、再生の途中で脆くなっていた左脚を切り飛ばす。
二歩、再生した腕で殴りかかってくるのを躱し、ナイフで腕を地面に縫い付けるように突き刺す。
三歩、連続して発動した影響で熱を持った籠手の放熱板を、首筋へ――
「っ!!」
首筋にある遺物を守ろうとしたのか、ハヴェル神父は縫い付けた手を無理やり引き抜いて灼熱の放熱板を腕でガードする。
対組織が徐々に熱により変性し、焼けただれ始めるが、そのすぐそばから彼の腕は再生を始めていた。
どうする? このまま放熱板の熱が無くなれば、俺たちの勝機は無い。どうにかしなければ……せめてあと一手、行動を起こせたら……
「――!!」
その時、俺は気付いた。加速が未だに解除されていない。
理由は分からない。だが、思わぬ場所から湧いた可能性の一つを、俺は逃さなかった。
四歩、首筋をガードする手に刺さったままのナイフを引き抜いて、胸元へと突き刺す。
「かっ! があああああああああっ!!!!」
ハヴェル神父の喉から、大量の血液と共に凄まじい絶叫が響く。その声は間違いなく俺の加速が解除された印だった。
神父は張り付いていた俺を無理やり投げ飛ばすと、そのまま力なく崩れ落ちる。
「ぐっ!? っつぅ……」
地面に叩きつけられ、痛みで視界が歪む。高レベルの持続治癒が発動している相手には、急所を狙った即死攻撃が有効だ。心臓を狙ってナイフを突き刺したが、刺した後で俺を投げ飛ばした今、それは失敗だったと分かってしまった。
ああ、くそっ……こんな事なら頭部をしつこく狙うべきだった……カインとの戦いを無意識に思い出してしまった。俺が、俺たちが罪源職を殺すのが本当に正しいのか分からなくなっていた……
……
しかし、物事の終わりはいつまでも訪れず。俺は不思議に思って身を起こす。視線の先では、想像と違う光景があった。
「ぐっ……がはっ」
ハヴェル神父がくずおれた姿勢のまま、イリスと何かを話していた。
そこで俺は、ようやく何が起きたか理解するに至った。イリスは、上級支援魔法の「解呪」をハヴェル神父に使ったのだ。
「――はい、必ず……あなたの弟子で居られて幸せでした。ハヴェル枢機卿」
彼らの会話は聞き取れなかったが、イリスがそう言って彼の手を握ると、ハヴェル神父はそのまま力なくうなだれた。
血にまみれ、損傷も激しくボロボロになった神父と、聖女になる事を拒否した彼女の姿は、どこか美しくもあり、さながら高名な宗教画のようでもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます