第57話 カイロス7

「ならば、その矜持を私に示しなさい」

「はい、必ず……加速っ!!」


 イリスが支援魔法を発動させると、俺の周囲で時間の流れが変化した。


 彼女は一人ではすべての人を救う事も、教示を貫くこともできないと知っていた。知っていたからこそ彼女は俺に加速を掛けたのだ。


 一足跳びにハヴェル神父の背後に着地し、ナイフを振るって右腕の腱を切りつける。不意打ちでは腕一本飛ばすほどの力を籠めることはできない。ならばせめて一瞬でも右腕の自由を奪う事を俺は選んだ。


 ハヴェル神父は遺物により既に反応を返している。右腕に付けた傷は鮮緑色の光を漏らしながらすぐに塞がり、驚異的な体裁きで鉄棒をこちらに振り下ろそうとする。


「空圧波」


 だが、そのタイミングで俺は他人が支援魔法を使った恩恵を最大限に利用した。自分に使用した時はディレイにより新たな魔法を唱えることはできないが、他人が使った場合はその魔法のディレイだけで使うことができる。


 精神が加速していたとしても、ディレイも短くなるわけではないので、撃てて一発程度だが、その一発は大きなアドバンテージとなる。


 神父は身体の中心に空気弾を撃ち込まれ、身体を浮かび上がらせる。俺はその機を逃さないように跳びかかり、力を込めて左右の腕を切り落とした。


 しかし、ナイフによる切断は断面がきれいすぎる。ハヴェル神父ほどのスキルレベルを持った持続治癒なら、本気を出せば切断面をそのままくっつけて、完治することも出来るだろう。


 そこで俺は左目にまだ残っている念力で両手を吹き飛ばす。


「――」


 ハヴェル神父の目が驚愕に開かれているのが見える。ゆっくりと舞う血飛沫を見つつ、俺は離れた位置に着地して、再度彼を見つめる。


 骨と筋繊維の再生が既に始まっているのを見て、俺は再び地面を蹴る。


 再生が終わらないうちにダメージを与えなければならない。両手による防御ができなくなった今が最大のチャンスであり、最後のチャンスだ。


 イリスが加速を俺に使うという作戦は、恐らく二回目には対策されるか、クールタイムが終わる前に決着がついてしまう。ならばこの時点で彼を再起不能にしなければならない。


 両手が無い状態だというのに、ハヴェル神父の防御は全く衰えを感じさせなかった。靴と足さばき、重心移動によって巧みに攻撃を回避し、あまつさえ蹴りによる反撃すら行ってくる。


 こちらも支援マスタリーが高いとはいえ、そろそろ加速が切れるころだ。俺は少しの焦燥を感じつつも、神父の両腕を再度切り飛ばし、左手を握りしめて力いっぱい膝へと突き出した。


 肉の潰れる感触を感じつつ、俺とハヴェル神父はお互いに距離をとる。神父は体勢を立て直すため、俺は加速が切れたためだ。


「悪くはない。だが、お前たち二人には私を殺してでも止めるという覚悟が――」

「加速っ!!」


 イリスの加速が切れた段階で、俺は自分の支援魔法を発動させる。

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