閑話:受け継がれていくもの

「かっ! があああああああああっ!!!!」


 私の胸にナイフが突き刺さり、急速に命が流出していくのを感じる。血によって気管が塞がれ、意識が飛びかけるが力を振り絞って彼を投げ飛ばす。


 背中から落ちた彼は、しばらく動くことができないだろう。その間にとどめを刺し、左目を回収できれば――


「……解呪」

「っ!?」


 思わず声のした方向を向いていた。そこには両目を真っ赤にはらしつつも、しっかりと私を見る愛弟子の姿があった。


 身体に掛かった持続治癒の効果が切れ、直りかけた身体がその状態で停止する。回復魔法をかけなおせば、この状況を打開できるが、私にはそこまでの気力は残っていなかった。


 ……ひどく疲れた。


 セラを失い、罪源職に堕ちてからの日々はひたすら辛いものだった。


 教会を憎み、教えに恭順するものを憎み、知らずに享受する無辜の民すらも憎んでいた。怒りや憎しみは私の心を焦がし続けた。


――わたしは、すべての人を救う事は出来ない。


 いつか、セラが私に語った事だった。世界はどうしようもなく残酷だが、その残酷さに諦めで応えてはいけない。セラもイリスも、同じ結論に至っていた。そして、その意志が強い事も、ここまでの戦いで十分に見れた。それで、十分だ。


「イリ、ス……」

「お師匠様っ!」


 血の流失は止まらず。ほどなく私の命は終わるだろう。だが、その前に彼女へ、伝えたいことがあった。


「よく、魔法を使いましたね……その決意があれば、きっと貴女の……いや『私達の』目的も達成できるでしょう」


 そう、今すぐではない。だが、永遠に来ないわけではない。すべての人が安心して暮らせるような、そんな時代が来るはずだ。


「喋らないでください! いま、回復魔法を――」


 魔力を集め始めたところで、私は彼女を手で制した。彼女は選択したのだ。今になって決心を揺らがせるものじゃない。


「私は、満足です……成長した貴女を見て、そう思いました。これからは……あなたの信じる道を行きなさい」


 イリスは狼狽えるかと思ったが、泣き腫らした目のまましっかりと頷いた。彼女の強さに、私は過去、ちょうどこの場所で話した彼女の面影を見た。


「――はい、必ず……あなたの弟子で居られて幸せでした。ハヴェル枢機卿」


 憤怒と悲嘆によって止まってしまった私とセラ、その意思はイリスと彼――ニールによって引き継がれていくだろう。彼女に最大限のエールを送ると、私は全身の力を抜いた。



 ……


――ハヴェル。


 不意に、懐かしい声が聞こえる。


――お疲れ様です。あなたにはつらい思いをさせましたね。


 何を言うのか、辛かったのは君も同じだろう。それに、怒りに任せてしまった私のほうが、ずっと楽だった。


 怒りをぶつける相手すら見失いそうだった。私はただ、感情のままに暴れまわっていただけだ。


――いいえ、理解者も居らず、ただ孤独に苛まれたあなたの辛さは、分かっているつもりです。


 ……許すというのか、私を。


 消えゆく意識の中、イリスの中に彼女の面影を見て、私は――

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