第54話 カイロス4

「正門に向かえ! そこが一番数が多い!」

「回復魔法つかえる奴! こっちに来てくれ!」

「逃げ遅れたやつはいないか!? ヨルバ湖前の広場が避難所だ。いそげ!!」


 周囲で怒号のような声が飛び交い、人々が慌ただしく動いている。


 聖堂前で待機していたモーガンたちにも、その声は届いていた。隊列のうち戦える者と回復魔法が使える者は、既に都市防衛の援護に回っている。


「クソッ……」


 援護に向かわない、あるいは向かえない非戦闘員の中に、モーガンは一人残っていた。


 賊や魔物から市民を守るのが彼の仕事だったが、彼の中でその仕事に対する自負が揺らいでいたからだ。


 水源の村での一件、自らが「穢れ血」と罵り虐げてきた混血の少女が、武装もせずに子供たちと水源を守り続けた。その行動は教会の価値観からしても素晴らしいものだし、混血で無ければ聖女として崇められてもおかしくない働きだ。


――混血は教会に相応しくない穢れた血


 彼は今までそう教わって生きてきた。身の回りに混血の人間もいなければ、その教えと考えに反発する人間もいなかった。


 だが、それは本当に正しいのか? あの一件から今に至るまで、その疑問が頭を支配して何も手につかなくなってしまったのだ。


「む、お主、こんなところで何をしておる」


 巨体を丸めてふさぎ込むモーガンに、老戦士が話しかける。彼はアンジェとよく一緒にいる人間だと、モーガンはぼんやりと思った。


「別に……俺のことはほっとけよ、じいさん」

「そうはいかん。今は魔物の襲撃に対応しなくては、戦うべき時にその力があるのに、戦わん奴はただの腑抜けじゃ」

「あんたが早くいけばいいだろ」


 モーガンは拗ねたようにそっぽを向く。どうせ聖都の守りは盤石だ。自分が行かなくても犠牲者が一人か二人増えるだけだろう。彼はそう考えていた。


「はぁ、お主もダメか……仕方ない、わし一人で行こう。手の届く範囲で人が死ぬのはもう沢山じゃ」


 そう言って、老戦士は剣を担いで前線へと掛けていく。


「……」


 自分は何をしているのだろうか? 老戦士の言葉を聞いてモーガンは唐突に思った。


 何のために騎士になったのか、元々生まれつき体格がよかったし、腕っぷしだけで言えば故郷で勝てる奴は居なかった。


 農作業でも役に立てただろうし、故郷では純粋な力仕事なんて山ほどあった。


「あ……」


 彼は思い出す。それでも騎士を志したのは……村が山賊に襲われたとき、助けてくれた名もなき騎士に憧れたからだった。


 自分も誰かを守れる人間になりたい。この体格も、筋力も、そのためにあるような気がしていた。だからこそ、教会に相応しくないと言われ、市民に不安を振りまく存在だった混血を嫌ったのだ。


 だがアンジェの行動が、彼の中にある価値観を破壊した。


 虐げられても人々を守り、自らを省みず強者に立ち向かう姿。それこそが彼が目指した騎士だった。


「そうか……そうだったんだな」


 彼は自身の理想を虐げ、侮蔑していた自分自身の行動が許せなかったのだ。


 ならば、自分はどうするべきなのか。モーガンは既に答えを見つけていた。萎えていた足腰には力がみなぎり、メイスと盾が異様に軽く感じる。


「――っ!!」


 彼は既に姿が見えなくなった老戦士を追い、聖都の正門へと駆けだした。

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