第53話 カイロス3

「彼ら――教会は人々を救うという建前で少数を切り捨て、格差を作り出し、その恩恵にあずかっているのです。これほどの邪悪、生かしておく道理はないでしょう?」

「……だとしても、それならシステムの改善をするべきだ。神父のやり方は、犠牲者が多すぎる」


 例え悪意ある非人道的な行為であっても、それだけを糾弾するべきで、全てを壊すようなやり方では誰も幸せになれない。


「ふふ……ふはっ、はははははっ!!」


 ハヴェル神父は突然笑い声をあげ、でたらめに鉄棒を振り回した。彫像や絵画がボロボロと傷ついていき、彼の周囲には光り輝く瓦礫が散乱する。


「ならば、ならばっ!! 教会の理不尽なシステムで苦しんだ者、死んだ者はどうなるっ!? 彼らが浮かばれるのかっ!!」

「っ……」


 聖堂全体に反響して、ハヴェル神父の悲痛な叫びが幾重にも重なる。俺は、ようやく彼が憤怒者に堕ちた理由の一端に触れた気がした。


「改善をしたところで傷ついた者の心は治らない! 死んだ者は帰ってこない! ならば、その償いをさせるべきだろう!?」


 きっと、彼は大事な人が傷つけられたのだろう。俺には想像もできないが、コスタ領にいるエレンやユナたちを失ったら、俺も同じことを思うだろう。


「……だとしても、俺は一緒の道を歩くことはできない」


 体験したことが無いからこそ、俺は冷静に見ることができる。それは分かっている。


 傷ついた心を癒すため、死者を弔うために加害者を殺すこともあるし、俺はその否定もしない。


 だが、だからこそ俺は神父を止める必要がある。線を越えた者を止められるのは、越えていない者だけだからだ。


「ならば、やはり殺すしかないな」

「っ!?」


 ハヴェル神父がそう言った瞬間、部屋の温度が一瞬で下がったように錯覚した。


 彼は鉄棒を振り、地面に落ちた黄金色の瓦礫を弾き飛ばす。それは俺たちの方へ凄まじい速度で飛来して――


「……やる気か」

「俺は必ずあんたを止める。イリスの為にも、教会の恩恵を享受する無知で善良な人の為にも」


 魔眼の能力を解放する。左目を覆う眼帯が熱を帯び、周囲へ感覚が広がっていくのを感じる。殺人的な威力のつぶては全て俺たちに到達する前に停止していた。


 ハヴェル神父は、その宣言を受けてぞっとするような笑みを零し、地面を蹴る。


「加速っ!」


 同時に俺も支援魔法を発動させ、彼の振りかぶった鉄棒をナイフで受ける。持ち手の指を落とすこともできたが、彼が持続治癒を使っているのなら、むしろ動きが想定外になるリスクの方が高かった。


「私は少数の不幸な者の為に、君は大勢の善良な人のために、か……お互いに議論は平行線だな」


 彼がそう言った瞬間、遠くで巨大な何かが爆ぜる音が響いた。


「っ! 何だっ!?」

「私の同僚は仕事熱心でね、人払いのついでに、援護までしてくれるのだよ」


 ハヴェル神父は囁くようにつぶやくと、鉄棒に力を込めて俺を弾き飛ばした。


「ぐっ! くぅっ……」

「教会の中枢を破壊する……この作戦には確実を期したいのでね、魔物による物量でも攻めさせてもらう」

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