第55話 カイロス5

 聖都への門を背に、アンジェを含む騎士部隊が防衛線を張っていた。未だに戦線は維持されており、騎士の防壁をすり抜けた魔物たちも、中衛の戦士たちによって後衛へ到達できないよう、確実に討伐されている。


 防衛線より先には人間がおらず、後衛の弓手や魔法使いは一斉射撃や大規模魔法により、魔物の群れに損害を与えている。


「っ……あああああああああああっ!!」


 アンジェが雄叫びを上げると、周囲の騎士たちも続けて声を上げる。魔物の注意を前線へと無理やり引き付けて、中衛以後の隊列を守る戦術だ。


 後衛の魔法使いを目指して駆けていた狼型の魔物が、アンジェの方へ駆けてくる。彼女はそれを盾で受けると、それを押し返す要領で魔物を弾き飛ばす。


「グルル……――ガァッ!?」


 弾き飛ばした先に矢の雨が降り注ぎ、周囲の魔物ごと貫かれる。耐久力のある魔物は死ぬ事は無かったが、手負いとなった状態では、騎士たちが持っているメイスの一撃で、容易に頭蓋を砕かれるだろう。


「グッ……オオオオッ!!」


 しかし、その中でも耐久力が特に優れた大鬼(トロール)や単眼鬼(サイクロプス)といった魔物は、そのまま突撃してくる。


「っ! やば――」


 盾による殴打で魔物を処理していたアンジェに、単眼鬼の太く、不格好な手が迫る。鎧で身を固め、混血という生まれ持って丈夫な体をしていたとしても、魔物の握力には敵わない。掴まれれば致命傷は避けられず、握撃によってひしゃげた身体は、回復魔法も医術も治療が難しかった。


「くっ……!」


 躱そうと一瞬考えるが、大型の魔物を中衛以後に通すわけには行かない。防御しようにも今から盾を構えるには間に合わない。周囲の騎士たちも、雄叫びのクールタイムは続いており、単眼鬼の注意を逸らすこともできなかった。


「うっ……おおおおおおおおおおっ!!!」


 死を覚悟した瞬間、アンジェの背後から雄叫びを上げて走り込んでくる巨大な影があった。


 その影は単眼鬼の手を盾で弾き、メイスで力いっぱい魔物の脇腹を殴った。


「ガアアアアァァアッ!!?」


 単眼鬼は肋骨に覆われていない脇腹を強く殴打され、痛みに悶絶して倒れこむ。その直後後衛から放たれた火属性魔法によりその体は業火に包まれる。


「はぁっ、はぁっ……」

「助かったっす! あり――……」


 常に笑顔と気丈なふるまいを崩さなかったアンジェが、言葉を失う。


「礼はいらねえよ。疲れてんなら後方で回復魔法受けてきな」


 アンジェの前に立った大きな影――モーガンは、彼女に顔を向けることなくそう言った。


「……りょ、了解っす! 助かったっすよ!」


 状況を理解できていなかった彼女だが、彼が助けてくれたことを理解すると、満面の笑みで後方へ走り出した。


「ちっ……礼はいらねえって言ってんだろうが」


 モーガンは小さく舌打ちをして、しっかりと盾を構えなおす。


「これで今までのがチャラになるなんて思っちゃいねえ……こっから挽回するんだよ俺は!!」


 高らかに宣言すると同時に、モーガンは突っ込んできた魔物にメイスを振り下ろした。

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