閑話:第三の罪源10
「はぁ……治療院で行われていたことは痛ましい事ですが、被害者は罪源職でしょう?」
「主犯はもちろん処分しましたが、正直なところ、ハヴェル枢機卿による私刑の方が問題だと思いますよ」
「なんにせよ、ハヴェル枢機卿、貴方には半年の謹慎を言い渡します」
処分を言い渡され、私は教会の裁判所を後にする。両手には手枷が嵌められており、非常に不便だ。
私が正気を取り戻したのは、自分の手が真っ赤に染まっていることに気付いた時だった。馬乗りになった男の顔は腫れあがり、穴の空いたズタ袋のように黒ずんで、原型が分からなくなっていた。
私はそのまま宿直の神父を殴り倒して治療院を後にして、すぐに聖堂騎士たちを呼んで事の顛末を彼らに話した。
調査の結果、治療院の神父たちによる組織的な売春行為が発覚、当の治療院は患者を移籍させて閉鎖、所属する聖職者は破門、という大きな事件に発展した。
中でもセラは一際ひどく乱暴された形跡があり、回復魔法の適性があるはずの所属者たちが居るはずなのに、外傷の治療さえ与えられていないという有様だった。
その理由というのが――
「そもそも、罪源職の上に『穢れ血』だ。あんな扱いをされても――っ!? ハ、ハヴェル枢機卿!?」
「……」
通りがかりの聖職者が今回の事件をあざ笑っているのを見て、私は手枷の内側で拳を強く握った。
彼女は穢れ血――いや、混血だった。
混血は教会が公認する聖職者にはなれない、クリフォード三世による政策により彼らは「教会に相応しくない穢れた血」だと定義されている。
だが、混血でも回復適性を持つ人間は居て、彼女がそうだったのだろう。そして、彼女は見よう見まねで巡礼をはじめ、遂には功績が認められて聖都にまで呼ばれることになった。
そそくさと逃げ出す聖職者を睨んで、私は地下にある牢獄のような部屋でベッドに腰掛ける。
「ハヴェル枢機卿、食事は一日三回、パンとスープが与えられます」
分厚い扉の向こうから、くぐもった声が聞こえる。私はその言葉を聞き流して、心に文字を刻んでいく。
なぜ彼女がああならなければならなかったのか。
なぜ教皇は混血を迫害したのか。
なぜ嘆き悲しみ、絶望することが罪なのか。
謹慎というろくに動けない環境では、考えるほどに堂々巡りして、まともな思考にたどり着くことができない。私は気を紛らわせるため、身体を動かすことにした。
とはいっても走り回るわけにはいかない。身体に負荷をかけて、上体起こしや腕立て伏せ、脚の屈伸などを繰り返して、ひたすら身体を痛めつける。
身体が悲鳴を上げ、痛みと疲労で気絶するまで追い込んでも、ある疑念が頭の中から離れなかった。
もっと、考える余裕すらないほどに追い込めばこの思考を払えるのではと思い、私は更に鍛錬を続けていく。
「ハヴェル枢機卿、今日で謹慎は終わりです」
ある日、監視係である神官が私にそう言った。
「ああ、そうですか……」
その時の私は、脳裏にある疑念は払えぬままで、しかし身体はどこまでも頑強に成長していた。
一度目の神託で教えられたことが蘇る。棒術と回復魔法に適性――私はイリスと巡礼の旅を続ける傍ら、一本の鉄棒を買った。聖職者は武器となる刃物を扱えない。護身用と言えば咎められる事もなかった。
「やあ、僕はアダム、そしてこっちはラスト。よろしくね」
そんな折、二人の男に私は出会った。
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