閑話:第三の罪源9

 巡礼の旅を続けていても、私は定期的に治療院までセラの様子を見に行っていた。回復の兆候は無くとも、近くに居ることで何かできるのではないかと思ったからだ。


「申し訳ありません、現在も面会謝絶で……」


 しかし、前々回の面会あたりから、セラとの面会が認められなくなっていた。


「そうですか、分かりました」


 枢機卿という立場をもってしても、これほど面会を断られるのは明らかにおかしい。私は神官に従って帰る振りをして、それから再び治療院に忍び込むことにした。


 イリスは教会の方で泊まるよう言いつけており、私は日が暮れるのを陰に潜んで待つことにする。


「む……?」


 宿直室の灯りのみになった治療院に、一人の大柄な男が訪れた。その身なりはとても聖職者と呼べるような物ではなく、かといって治療が必要なほど衰弱、負傷しているようには見えない。むしろ、生命力が溢れているようにも見える。


「よう、いつもの頼むぜ」


 不審に思い、彼の後をつけていくと、彼は宿直室の扉を叩き、威勢のいい声で中の神父を呼び出した。


「誰かと思えば、またお前か……金は持ってきてるんだろうな? 昼間だって枢機卿が来て誤魔化すのが大変だったんだぞ」

「へへ、悪いな……」


 男は神父に金貨を二枚ほど渡すと、我が物顔で堂々と中へと入っていった。


「持続治癒」


 ひっそりとした声で魔法を自分に掛けると、私は二階の窓から治療院に入り、男の気配を探りながら歩き始める。


 この治療院は、悲嘆者や、程度の低い罪源職の更生を目指すための施設で、既に皆寝静まっているようだ。いくつかの部屋からいびきや、寝息が聞こえてくる。


「……っ」


 数部屋ほど横を通り過ぎたところで、階段を上る足音が聞こえてくる。粗野な歩調で、姿を見なくてもさっきの男だと理解できた。


 私は警戒心の薄いその男を隠れてやり過ごし、その後を追いかける。


 その男は警戒した様子もなく、すいすいと廊下を通り過ぎ、ある部屋のドアに手を掛けて、室内へと滑り込んだ。


 私は気取られないよう注意しつつ、彼の後を追って小さく開けたドアの隙間から中の様子を伺う。


「っ!? 何をしている!!」


 その内部を見た私は、思わず声を上げていた。


「な、なんだっ!?」

「……」


 その先に居たのは、ズボンのベルトを緩めた男と、それを見ても碌に反応を返さない傷だらけの女性だった。


「なにをしていると聞いている!!」


 女性の姿に動悸が早くなる。彼女は……違うと思いたかったが、雲一つない冬空を思わせる群青の瞳と、あの日から目に焼き付いて離れない黄金の髪は、間違えようもなかった。


「セラに触れるなっ!!!」


 私の視界が真っ赤に染まった。

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