第49話 イリスのしたい事
「ありがとうございます。聖女様」
「はい……」
恭しく礼をして、遺族の代表者は去っていった。
人が死ぬ瞬間に立ち会うことは職業柄、よくある事だし、祝詞を述べて魂の浄化を行うのも初めてじゃない。
だけど、今のわたしには特別な思いがあった。誰もいなくなった部屋で、天井を見上げる。
アバル帝国から始まった、この長い旅。それの前半では、教会の上層部とは絶対にそりが合わないと思わされた。
罪源職の襲撃直後に酒盛りをしていたことや、混血の人に対する排他的な態度。常に付きまとう、権力欲を隠そうともしない聖職者。
それらすべては、わたしに不信感を植え付けた。教会の末端として巡礼を続けることにすら疑問を覚えるほどだった。
それでも、水源での出来事は、どこかその考えに疑問を覚えさせた。
教会に恭順して、教えに従っているからとはいえ、当人たちは邪悪ではなく、善良でもなかった。あくまで上層部からの教えを実行しているにすぎず、それは特段責められるような事ではなかった。
それに、この村で参加した葬儀もだ。教会の教えは確実に、人々が生活するうえでの支えになっている。
なら、どうすればいい? わたしの中で疑問は増え続ける。
混血の迫害政策を止めさせたところで、その後はどうすればいいのだろう? 実際止めさせれば、きっと教会に従順な人はそれに従うと思う。
でも、ニールやあの周囲にいる人と、真逆の存在もいるだろう。教会が何を言おうと、混血へ悪意を向ける人間が。
何が正しいのか分からない。でも、このまま手をこまねいているのは正しくは無いと思う。
「イリス、話せるか?」
どうすればいいか分からず、答えの出ない迷宮で身動きが取れなくなっていると、ドアがノックされる。
「ニール? 入っていいわよ」
「ああ、助かる」
ドアが静かに開かれ、見慣れた隻眼が現れる。わたしはその姿を見て、何故だか安心してしまった。
「どうしたの? ルートの相談とか?」
「いや、またふさぎ込んでいないかと思ってな、必要そうならまた担いで飯を食わせに行こうとしてる」
軽い冗談を言いつつ、彼はドアを閉めて、壁によりかかる。
「……どうすればいいか、まだ分からないの」
わたしは、素直に教会の問題点と、それでも存在しなくちゃいけない理由を並べて、どう手を付けたらいいか分からないと口にした。
「それなら、もっと単純に考えたらどうだ。俺は『手札は捨てるな』と言ったし、イリスの師匠も『辛くても多くの人が笑える道を歩くように』と言った。だけど、それは言葉だ。イリスがそうするべきだっていう道しるべじゃない。他人の言葉は、結局のところどこまで行っても一つの意見でしかない」
そう言われて、わたしは少しだけ考えた。言葉が標じゃないとすれば、一体何を目指せばいいのだろう。
「イリスはどうしたいんだ? 周りの環境とか、誰かに怒られるとか、誰かに嫌われるって考えを抜きにして、君は何がしたい?」
怒られるとか、嫌われるとか、考えずに……?
わたしは何がしたいんだろう。きっと、混血の迫害を止めされるとか、教会の腐敗を正すっていうのは、何か違う気がする。もっと単純に考えよう。
誰かが悲しむ顔は見たくない。知り合いが死ぬのは見たくない。目の前で泣いてる子がいたら、助けたい。
「あ……」
そうか、わたしのしたい事、はっきりしてるじゃない。
難しく考える必要はなかった。聖女なんかに担ぎ上げられて、目標を見失いかけたけど、ようやく見つけられた。
「そうか、わたしのしたい事は――」
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