第48話 葬式
翌朝、補給用の食料や消耗品を確認していると、なにやら人だかりが出来ていた。
「ニル兄、なんすかねアレ」
「さあな……ん?」
検品も済ませ、戻ろうとしたが、なにやら見覚えのある面々の姿が見えたので、俺とアンジェもその人だかりに向かう事にした。
「あっ、ニールさんにアンジェちゃん。旅の準備はもういいんですか?」
気付いたクレインが話しかけてくる。
「ああ……それより、この人だかりは?」
周囲を見ると、老若男女様々な人間が集まっていて、その全員が神妙な顔をしていた。何かの宗教行事だということは分かったが、それ以上はどうにも想像がつかない。
「葬式ですよ。僕たちが到着する一日前に亡くなられたそうです」
「そうか……」
誰が死んだのかは分からないが、聖女が訪れる前日に息を引き取るとは、不運というか、間が悪いというか、俺はそんな事をうっすらと考えつつ、略式の礼をした。
「イリスは?」
「聖女という事で、彼女は聖句を読み上げる役を頼まれていましたね」
人垣の間からなんとか前を見ると、イリスが聖衣に身を包んで黒い棺桶に向けて儀礼用の杖を掲げているのが見えた。
「むむ、アタシには見れない感じっすな……」
ぴょんぴょんと近くで跳ねるアンジェを抱き上げて、肩に乗せてやる。葬式なんだからもう少し大人しくしてくれ。
「おお、みえる! ニル兄ありがとっす」
アンジェはいくらか抑えたトーンで俺に感謝を告げると、興味深そうにその様子を見つめる。
俺たちの視線の先では、杖を掲げた姿勢のまま、イリスがゆっくりと口を開き、祝詞を読み上げ始めた。
――この者の魂を神の御許へと還します。
――悲しむことなかれ、憐れむことなかれ。これはただ、あるべき場所へと帰るだけの事。
――我々も遅からずそこへ至る。
――「母なる故郷」へ。
祝詞が終わると。棺桶からは光――析出した魔力が溢れ、風に流れるように散っていく。それは俺たちの身体を構成するいわば魂というべきもので、それが無くなったという事は、死者系魔物(アンデッド)になる事も、蘇生する事もなくなったという事だ。
蘇生の望みが無くなったことにより、この瞬間が本質的な死だと信じられている。叫びだすような人は居なかったが、すすり泣くような声がそこかしこで聞こえた。
「……葬式、あんまり好きじゃないっす」
「好きな奴はいないだろ」
俺とアンジェは一言だけ交わすと、その場を後にした。
葬式は死者系魔物を出さない為でもあるが、それ以上に当人との決別の意味合いが強い。冒険者をしているので、そうそう参加できる機会は無いのだが、独特な雰囲気はやはり居心地が悪い。
だが、それはそれとして、きちんと弔われた人間は魔物化する事は無い。数か月見掛けなかった仕事仲間が、ダンジョン奥地で現れて襲い掛かってくるような事もないのだ。それは純粋に羨ましいと思えた。
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