第四章

閑話:第三の罪源1

「わたしは、すべての人を救う事は出来ない」


 私の目を見て、彼女ははっきりとそう言った。


 ルクサスブルグをもしのぐ、豪奢をそのまま言葉にしたような大聖堂。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が、赤く精緻な刺繍の施された絨毯を照らす。


「その言葉、聖女としての責を拒否すると取られても、言い訳はできないぞ」

「もちろんです。わたしは、聖女なんかじゃない。ただの人間です」


 それは一見して諦めの言葉だが、決して諦念と絶望からの言葉ではなかった。


「もう、いいでしょうか? わたしはこれからも巡礼を続けます」

「っ、待て!」


 気が付けば、私は立ち上がって彼女を呼び止めていた。


「……」


 振り返った時、彼女の瞳と視線が混じり合う。


 冷たく、暗く、それでいて意志の強さを感じさせる眼だった。

 雲一つない冬空を思わせる群青の瞳に、私は圧倒される。


「聖女セラよ、この聖都でも、人を救う事は出来るだろう。なにも、辺境を回る事もないはずだ」


 深呼吸をして、呑まれかけた意識を自分に戻してから、私は彼女を説得する。


 彼女は多くの人々を救い。それにより教会へ多額の寄付を集めた巡礼者だ。聖女として迎え入れることで、他の巡礼者たちにも「自分も寄付金を集めれば聖人になれる」と思わせなければ、巡礼というシステム、引いてはそれにより集まる教会の活動資金が回らなくなってしまう。


「いいえ、それは不可能です。枢機卿」


 だが、セラは頑なだった。


「本当に救いを求めている人はここへ辿り着くことすらできないでしょう。確かにここでは、難民の受け入れや治療院もあります。しかし、そこには多くの人が押し掛けると同時に、多くの人が救済を行っています。わたしが居る必要は無いのです」


 彼女はただの巡礼者で、私は教会の最高権威である教皇に次ぐ枢機卿だ。身分の差は歴然としている。


 だというのに、彼女は毅然とした態度で、私に意見を示していて、それを聞く私は段々と彼女が正しいような気さえしてくる。


「では、話はここまでのようなので、失礼します」

「いや、まだだ! もう一つ聞かせてくれ!」


 気が付けば、私の足はひとりでに彼女に追いすがっていた。


 彼女を知りたいと思った。


 聖女という地位にこだわることなく、辛く厳しい巡礼の旅へと身を投じる意思の強さ、その源を知りたかった。


「何でしょう?」

「っ……セラ、貴方の旅に私も付いていく事は出来ますか?」


 そう言ったのはほとんど勢いのような物だ。自分の中にそんな情熱がまだあったのかと、自分でも驚くほどだった。


「もちろんです、ハヴェル枢機卿。両手からこぼれ落ちる砂を、必死でかき集めましょう」


 彼女――セラは、そんな私を見てゆったりと微笑んだ。その笑みはどんな宗教画よりも、美しく思えた。

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