第44話 イリス3

「どういう事?」


 眉根を寄せてイリスは俺を見る。その表情は不機嫌だったが、一応は話を聞いてくれそうだった。


「師匠に言われて巡礼の旅をして、俺に言われたから教会の腐敗を正そうと思った……聞こえのいい言葉をそのまま鵜吞みにして、何も考えてないように見えなくもないだろ?」

「ちょっと、私だって考えてるわよ」


 確かにイリスは考えてはいるだろう。それでも、周囲の人間は心を読むことはできない。深く考えずに言われるがままに動いているのか、心から同意して動いているのか、それは当人にしか分からないのだ。


「俺の言ったことのどこに同意して、具体的に何をして教会を変えるつもりなんだ?」

「それは……ニールが考える事でしょ、わたしは貴方の言う事に賛同したんだから」


 そして、そのことを指摘した時に、行動を選択した理由を答えられないという事は、つまり深くは考えていない可能性が高いという事だ。


「じゃあ、もし俺の言ったことが逆効果になる事だとしたら、それに従ったイリスはどうする? 俺に責任を被せて『自分は悪くない』とでも言うつもりか?」

「っ……、それは……」


 自分の行動に責任を持てない奴は、利用されることはあっても信用される事は無い。ハヴェル神父は、恐らくそれに対して危惧しているのだろう。


「答えられなくてもいい。俺も自分の信念が揺らぐことはある。だが、ちょっと考えてみてくれ、教皇庁に着くまではまだ日数がある」

「……」


 俺は今だに迷っている。カインを罪源職だからと言って、対話もせず殺したことを。答えを出すまでは、誰も殺すまいと考えていたが、どうもそうする訳にもいかないようだ。


 ハヴェル神父はイリスを狙い、俺の左目も狙っている。手加減できるような相手でもない。次に会う時には、どちらかの命が奪われる予感がした。


「ま、なんにせよ、飯を食おう。人と話そう。少なくとも、一人で悩んでいるよりはマシだ」

「だからお腹減ってないって――」

「減ってなくても無理やり詰め込むんだよ」

「えっ? ちょっ!? きゃあああっ!!」


 俺はイリスの手を取って、馬車の外へ引きずり出す。周囲の聖職者や騎士が驚いていたが、それは気付かない振りだ。


「離しなさいって! 本当に!」


 色々ゴチャゴチャ言っているが、それを気にせず引っ張っていく。途中から抵抗されるのも面倒だったので抱き上げて歩くことにした。イリスが顔を真っ赤にしているのを見ると、腹の底から奇妙な笑いが湧きだしてくるのを感じる。


「いい加減にしてって! この姿勢すっごく恥ずかしいの!!」

「お、イリちゃん! 水遊び以来っすね! ……ってなんでお姫様抱っこ?」

「ちょっと抵抗が激しかったからな、こっちの方が色々楽だった」


 夕飯の準備が終わったアンジェと、そのほかの同行者たちが、焚火を囲んでスープを飲んでいた。


 芋と野菜、そして獣肉を突っ込んで煮て、塩で味付けしただけの豪快な料理だが、これがなかなかどうしてうまかったりするのだ。


「これ以上暴れたり帰ったりするようなら、抱っこしたままスプーンで食わせてやろうか?」

「……分かったわよ」


 不機嫌そうに顔を背けるイリスを見て、俺はアンジェと苦笑いを交わした。

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