閑話:苦悩する彼女

 自分が今まで生きてきた理由を全部否定された気がした。


 師匠に武器を向けられて、ニールからあんな事を言われて、わたしはもう、何を頼りにすればいいかが分からなかった。


「……ふぅ」


 私のために用意された大きなテント。それの天井に向けて息を吐く。食べ物を食べたからか、いくらか頭ははっきりしていた。腹立たしい事だが、どうやらニールの言っていたことは正しかったようだ。


 食事をとらずにいた日中と比べれば、少しはまともな考えも浮かぶようになってきていた。


 今までの姿勢では問題があるというのなら、問題が無くなるように改めればいいのだ。


 明日から隊列を回って、色々な人の話を聞いてみよう。一人で考えていたら、また誰かの考えによりかかるしかなくなるから。


「……」


 そうと決まったからにはさっさと寝てしまいたい所なのだが、いかんせん身体を全く動かしていなかったからか、眠気が全く押し寄せてこない。


 苦し紛れに目を瞑ると、さっきの夕飯が頭にうかんだ。


 あそこに居たのは、村で補給をするより前にニールやアンジェさんと仲良くしていた人たちだ。素朴だったり、物事をはっきり言う人だったり、冷静だったり、みんなそれぞれ性格は違うけれど、なんというか、一本芯が通っているような、しっかりした考えがあるように感じた。


 師匠が言っていたのは、きっとあの人達みたいに、わたしも自分の芯を持てって言う事なんだと思う。だとしたら、わたしの芯は何なんだろう?


 そっと寝返りを打つと、ベッドが私の形をなぞるように沈み込む。心地よい肌触りの、上質な素材だった。


 自分の芯……そんなものは、よく考えてみると意識もしていなかったし、聞かれてすぐに思い浮かぶことも無かった。きっと師匠の言葉を信じて、ずっと巡礼を続けていればいつかは師匠のじゃない、わたしの信念を得られただろうか。


「……」


 アバル帝国の貴族を助けてから、わたしの人生は狂いっぱなしだ。あれよあれよと言う間に、巡礼者から聖女まで階段を何段飛ばしたのか、想像もできない。


 このまま流されてはいけない。そう思うのだけれど、一体どうすればいいのか見当もつかない。だってしょうがないじゃない。教会内部の政治も、腐敗の病巣が何処なのかも、私には分からないんだもの。


――『自分は悪くない』とでも言うつもりか?

「っ……!」


 不意に、ニールに言われた言葉が心を刺す。


 そんなつもりはない。私だって責任を感じてる。でも、わたしからは見えない場所にその答えがあって、ここからじゃ手が届かない。


「どうすればいいのよ……」


 わたしはもう一度寝返りをすると、もやもやした気持ちをぶつけるようにベッドを叩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る