第43話 イリス2

「……甘い」

「飴だからな、そのままでいいから話を聞け、まず、次の補給だが――」


 最も無駄が無いように進んだとしても、最低一回は補給が必要だ。ということで行先を話し合った結果、俺たちは川を下るように歩いて教皇庁を目指すことにしていた。


 流域にはもちろん村があるし、水の補給も容易だ。少なくとも低木地帯のど真ん中を歩き続けるよりは危険も少ないだろう。


「というわけだ。特に異論はないな?」

「うん……」


 まだ頭の回らない様子のイリスを見て、溜息が出そうになるが、それはぐっとこらえる。


「そういえば、最近アンジェへの風当たりが随分緩んだが、何かあったのか?」

「……献身は教会において、最高位の美徳とされるわ」


 自身を顧みず他者を助ける事、騎士職の根本原理ともいえる献身は、教会の中で最も評価される。


 確かに俺もそんな話は聞いたことがある。


「だからって、最近まで穢れ血だのなんだので蔑んでた奴らが、そう簡単に変わるものなのか?」

「変わるのよ」


 俺の問いに、イリスはきっぱりと答えた。


「穢れ血が、蔑まれようと子供を助け、あまつさえ増援が来るまで水源をたった一人で防衛する。そんな事をされたら、それこそあの村の意識が変わるくらいの出来事よ」

「え? ってことは……」


 全員勘づいていたが、全員気付かない振りをしていたのか、もしかして。


「そういう事よ。まあ中には、頑固で認めたくないような人がいるみたいだけど」


 モーガンをはじめとする。アンジェへの態度が変わらない連中の事か。イリスは名指ししなかったが、俺にもなんとなくそこら辺は察することができた。


「……実はアイツ、割とすごいことしてたんだな」

「わたしなんかよりずっと、聖女の名前がふさわしいわよ」


 感心して言葉を漏らすと、イリスは顔を俯かせた。


「何やってんだろ、わたし……」

「イリス?」

「師匠に怒られるのは、覚悟してた。罪源職に堕ちたから、わたしを殺そうとするのも、想像しなかったわけじゃない……」


 ぽつぽつと語り始めたのを、俺は何も言わずに聞くことにした。安易な励ましや慰めは逆効果な気がしたからだ。


「でも、ハヴェル師匠は、もっと別のところで怒ってた……気がする」


――いつまで借り物の正義と思想で、お遊びを続けるのですか?


 ハヴェル神父が言った、イリスへの言葉だ。


 確かに、言葉を聞くと聖女になった事とかどうとか以上に、何か別の事で怒っているように思えた。


「師匠の言葉を信じてここまでやってきたし、あなたに言われて教会を中から帰ることを目指した。それの何が間違っているの?」

「……」


 そうか、ハヴェル神父はそれが気に入らなかったんだ。


「多分だが――」


 恐らくこれを教えるのも、神父にとっては落第点なのだろう。それでも、流石にノーヒントで殺しに来るようなのは教育とは言えない。


「イリス自身の正義というか、信条が曖昧なことに怒ってるんじゃないか?」

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