第39話 第四の罪源8

――遺物:背骨

 十数年前、大規模な魔物の襲撃がエルキ共和国で発生し、共和国が保有する遺物が奪われた。

 その遺物は「背骨」人知を超えた反応速度と身のこなしを可能とする神の英知だった。


「魔物に奪われたはずの遺物を持っているという事は――」

「そうですよ、私達(DSF)が収集しています」


 そう言って、ハヴェル神父は一歩踏み出す。


「……っ」


 イリスをかばい、俺は一歩下がる。さっき会話を挟んだおかげで加速のクールタイムは終わっているが、相手は動きこそ及ばないものの、任意のタイミングで加速と同程度の反応速度で動くことができるのだ。うかつに飛び込むことはできない。


「道を、開けてくれませんか?」

「出来ないな」


 背後でイリスが息を飲むのを感じる。俺と神父の間では、空気が質量を持ったように横たわっていた。


 ……戦って、勝てる可能性は五分といったところか。背後のイリスを守りながらと考えると、分が悪い。


「困りましたね、できれば貴方は我々ときて欲しいのですが」

「イリスに危害を加えた時点で、断るぞ」


 俺はいつでも加速をできるように準備し、神父の返答を待つ。相手が俺の価値をどれだけ買っているか分からないが、何も交渉材料が無いよりはましだろう。


 ハヴェル神父はその言葉を受けて、少し考えるそぶりを見せてから、ゆっくりと口を開いた。


「では、左目だけ頂き――」

「アンジェ!!」


 背後から忍び寄っていたアンジェが、大盾で押しつぶすように攻撃する。


 もちろん遺物の反応速度に勝てるはずもないが、俺はそれと同時に加速を発動させていた。


 一歩、ハヴェル神父が交わしたのを確認してから、彼の襟首を掴んで引き倒す。

 二歩、一瞬で虚を突かれた彼の思考が回復する前に、左手で喉笛を掴み、地面に組み伏せる。

 三歩、手を動かされないよう、両膝で肩を地面に押し付ける。


「――っ!!」

「残念だったな、お前と違って、俺には仲間が居るんだ」


「おい、あっちで何かやってるぞ!」

「せ、聖女様が襲われているのか!?」


 水源の方でも蜥蜴人を粗方追い払ったようで、徐々にこちらにも人が集まりつつあった。


「さて、どうする?」


 グッとサムズアップをするアンジェを横目に、俺は問いかける。魔力収束炉で初級魔法を撃つだけでもハヴェル神父は死ぬだろう。そんな状態では投降する以外の選択肢は無いはずだった。


「今は少々分が悪いですね――」

「っ!?」


 瞬間、俺の視界が反転する。持続回復による怪力で無理矢理起きたのだと理解した時には、ハヴェル神父は立ち上がっていた。


「次の機会にしましょう。貴方の勧誘も、弟子の始末も」

「ま、待てっ!!」


 常軌を逸した筋力と、背骨による反応速度強化により、神父は地面に深々と足跡を残し、一瞬で姿を消した。


「……」


 あとに残ったのは、呆気にとられた俺とアンジェ、それと騒がしく駆け寄ってくる村の自警団。


 そして、呆然と絶望に打ちひしがれるイリスだけだった。

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