第三章

第40話 違和感

 何かがおかしい。


 この集落から出発する準備を進めつつ、俺はそう思った。


 ハヴェル神父の素性が割れたことで、イリスは一人でいる時間が長くなり、彼と面識のあった人たちは一様に驚いて、気分を落ち込ませている。


 アンジェはあの水遊びに出かけた時、混血だという事がバレて子供たちと遊ばなくなった。


 周囲の空気は重苦しく、アンジェの空元気が一層の痛々しさを感じさせる。

 だが、俺が違和感を覚えているのは、そこではない。


「え、ええっと、あの穢れ――いえ、混血の子と話したいんですけど」

「……」


 目の前にいる修道女は、以前アンジェの食事をわざとひっくり返すような、陰険な女性だった。当然俺は警戒して身構える。


「なんでしょ? アタシに用っすか?」


 当の本人が、ひょっこりと俺の後ろから顔を出す。全く警戒していないその姿勢には呆れにも似た感情を覚えるが、続く修道女の言葉に、俺はさらに驚く。


「その、言っておかなきゃって思って……今まで嫌なことして、ごめんね」


 違和感の正体はこれだ。周囲の人間が、手のひらを反すようにアンジェの対応を変えている。俺にはその原因が皆目見当がつかなかった。


「全然かまわないっすよ! これからは仲良くしま――むぎゅう!?」

「どういう風の吹き回しなんだ?」


 アンジェの口を塞いで、俺は敵意のこもった視線を向ける。アンジェが許したとしても、俺は連中の振る舞いを許した覚えはないからだ。


「……村の人が話してたのよ、武器も防具も持たずに、聖女様と子供たちを逃がすために、混血の少女がたった一人で戦ったって、この子の事でしょ?」

「――」


 確かに、アンジェがしたことはそういうことだ。


 だが、だからと言って連中の態度がここまで変化するだろうか?


「まあ、信用できないわよね、急にこんなこと言われても……でも、これから態度で示していくわ」


 それだけ言って、修道女はちいさく手を振りながら去っていく。


「ぷはっ、もーニル兄、なんで止めるんっすか?」


 腕の拘束から抜け出して、アンジェは抗議する。


 それにしても、本当にどういう風の吹き回しなのだろうか。この村の住人は、アンジェが混血だという事を知っているはずだ。だというのに、不気味なほどに静かで、追い出されるような気配は微塵も無い。


 出発するまでは少し時間がある。調べてみる価値はありそうだ。


「アンジェ」

「なんすか?」


 調査にのり出す前に、アンジェに一つ確認をしておく。これができたとしたら、全てがたちまち納得のいく結論になるからだ。


「洗脳魔法とか、習得してないよな?」

「あははは! そんなわけないじゃないっすか!」


 答えと共に返されたのは、鳩尾への頭突きだった。

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