第38話 第四の罪源7

 一歩、イリスとハヴェル神父の間に立ち塞がる。

 二歩、神父の懐に飛び込み、身体に抱き着くべく両手を広げる。


「っ!」

 ハヴェル神父は身を屈め、俺を躱すとイリスの方へ駆けだす。


 三歩、何とか態勢を立て直すと、体当たりをしてハヴェル神父を突き飛ばす。


「ぐぅっ!? ――っ!」

「……」


 彼が態勢を立て直すよりも早く、俺はイリスをかばうように立つ。


「っ……流石に、支援魔法を使える相手では、分が悪いですね」


 言いつつ、彼の表情は少しも困ったようには見えなかった。


「ハヴェル神父、三つ聞きたいことがある」

「……何でしょう?」


 あからさまなクールタイムを稼ぐための時間稼ぎ、しかしハヴェル神父はそれと分かっていても反応を返してくれた。


「イリスを殺そうとしたのは何故だ?」


 一番聞きたかった質問はこれだ。


 彼の愛弟子であるイリスを、何故彼自身が殺そうとするのか、皆目見当がつかなかった。


「簡単ですよ、私の教えを理解せず、あまつさえ言われるがままに聖女などになろうというのなら、腐敗する前に刈り取るのが師の役目です」


 ハヴェル神父の言う事には、狂気が宿っていた。しかしその目はしっかりと前を見据えていて、狂気の欠片も無いように見えた。


「イリスはそうならない。俺がそうさせない」

「……無意味ですよ、どこまで行っても、借り物の思想では限界が来ます」


 このまま話していても平行線だな、俺はそう判断して、次の質問をすることにした。


「……教会の何に絶望して憤怒者に堕ちたんだ?」

「貴方こそ、何を見ていたのですか? 自分の事しか考えず、ただ教義に従うだけ……あまつさえ教義を盾に他者を虐げる。そんな連中ばかりです。この教会は一度潰して立て直さなければなりません。私の憤怒はその一点に集約されます」


「……」


 言葉に窮する。


 確かに、この教会は、少なくとも腐りきっている。


 だが、アンジェに分け隔てなく接する人も少数ではあるが、確かに居るのだ。それを知っている筈なのに、なぜ神父は教会への憎悪をここまで深く刻むのだろうか。


「……一体どうやって俺の動きに反応したんだ?」


 そして、最後の質問は俺にとって大事な質問だった。


 加速は人間が反応できる限界を超えた速度での行動を可能にする。つまり、カインのように天才的な勘で対応するしか、人間には対処できないはずなのだ。


 だが、神父は現に俺の行動に対応してみせた。ということは、何かしらのタネがあるはずだった。


「それは簡単です。私も持っているんですよ、遺物(レリック)を――背骨(カイロス)といいます」


 長い金髪を持ち上げて、神父は首筋を晒す。そこにはどことなく左目(サリエル)に似た意匠を持つ、小さな装飾がくっついていた。

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