第22話 二人きりの野営

 夏が近づきつつある暖かい気候で助かった。腕に抱えていたイリスを下ろしながら俺はそんな事を考えた。


 夕陽は既にその姿を消し、木々に囲まれた森の中はもう既に闇に沈んでいる。これ以上の活動は、俺達にも追跡者にも不可能だろう。


 罪源職は既に追ってきていない。イリスを抱えつつ加速を最短で使い続けたのは、流石に堪えた。しかしその恩恵は十分すぎるほどに大きかった。


「隊列と離れてはいるが、明日の昼前には合流できるはずだ」

「そう……」


 イリスは気のない返事を返して、倒木に腰掛ける。上等な聖衣が汚れるのも、特に気にしていないようだった。


「命を狙われるのは初めてか?」


 俺は誰に言われるまでもなく、枯れ枝を集めて火属性の魔法を使う。それだけで俺たちの周囲を、暖かな光が照らした。


「そりゃあ……わたし、ちょっと前までただの巡礼者だったのよ」


 確かに、巡礼神父などの聖職者は襲われにくい。なぜなら、ならず者たちであっても治療を施すのが教会の方針だからだ。自分のセーフティネットを攻撃する馬鹿はそう多くない。


 ……とはいえ、混血に対する姿勢のせいで、それも守られないことが多くなってきていたが。


 焚火の炎を安定させつつ、非常用の干し飯を口に含む。いつこんな事態になるか分からない為、水と干し飯を三食分常備していたのが幸いした。


 三食分のうち一つをイリスに渡すと、彼女は天を仰いで愚痴をこぼした。


「ああ、もう、村を治療して回ってた頃に戻りたい!」

「……?」


 俺は彼女の言葉に首をかしげる。


 緊迫した状況を抜けて、気が緩んだのか年相応の口調に戻ってしまっていたが、気になるのはそこではなかった。


「戻りたいのはあの隊列じゃないのか?」

「え、いや、まあ……嬉しくないかって言われたらそんな事は無いんだけど……『お金を教皇庁にたくさん入れたから聖女です!』ってのは、違和感が……」


 意外だな、と素直に思った。


 普通、こういう聖女とか、教会の上層部に担ぎ上げられる人間は、めちゃくちゃ面の皮が厚く、表面上はともかくもっと欲にまみれた人間だと思っていた。


「めずらしいな、その考え方は」


 干し飯をかじるイリスを見ながら、俺はなんとなくそう口にする。


「別に、わたしの師匠も名声よりもどれだけ人を救ったかを考えるタイプだったし、巡礼者はみんなそんなもんよ」


 あの隊列には全然「そんなもん」じゃない聖職者がいっぱいいたような気もしたが、俺は深くは突っ込まなかった。


「そうか」


 俺はそれだけ返すと、水をすこし飲んでから水筒をイリスに渡した。


「んくっ……はぁっ……ま、なんにせよ、行動は明日ね。ちょっと待って、魔物除けの結界を貼っちゃうから」


 イリスが結界を張る姿をちらりと見て、俺は空を見上げる。星がうっすらと見えはじめていて、それは夜の訪れを告げていた。

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