第23話 配られた手札1

「ねえ、その遺物――魔眼(サリエル)だっけ? それを使って夜も歩いたりできないの?」


 火の番をしていると、イリスがそんな事を聞いてきた。


 既に日が落ちて、空には月が昇っている。普通であれば、足元の状況を確認できない今は、行動すべきではない。


「できなくはない」


 ただ、それは普通の人間ならの話だ。


 俺の左目は遺物の能力によって復元されており、遺物の内部にたまったエネルギー、神力とでもいうのだろうか、それを開放すれば、更に鮮明に見ることができるだろう。


「だが、やりたくはない。魔眼の能力は左目のカバーにかなりつかわれていて、一度それ以上の力を使うと数週間は使えなくなる」


 使用感を得るために、回復直後に一度使ったことがある。その時は、神力の再充填にかなりの時間がかかった。今の状況で「早いとこ合流したいから」なんて軽い理由で能力を使うのは躊躇われる。


「そう……」

「それと、俺がいつも通り動けても、他の要因がある」


 夜は活動する魔物が変化するし、同行するイリスを担いで動くには、少々危険すぎた。


「なんにせよ、日が昇るまでは足止めだな」

「遺物があっても、何でもできるってわけじゃないのね」


 イリスは俺の外套を身体に巻いて横になった。その姿は聖女というよりも、世情に疎い田舎娘のように見える。


 初めて会った時はもう少し気品のあるような印象を受けていたが、その印象が今はかけらも残っていないのがおかしくて、俺は鼻で笑った。


「聖女だからって、この世のすべてを救えるわけじゃないだろ」

「まあ、わたし、ホントにただ担がれただけだからね」


 簀巻き状態で唇を尖らせ、イリスは愚痴をもらす。


「俺だってそうだ。偶然手にいれる機会があった。俺に相応しいなんて思っちゃいないが、手札にあるなら遠慮なく使わせてもらう」


 遺物なんて大層な物、俺には不釣り合いだと今でも思う。


 だが、ガロア神父は俺が使うことを認めてくれたし、実際かなり役に立っている。もし今、魔眼を手放せなんて言われたら、俺は全力で抵抗するだろう。


 人生は配られた手札で最善の選択をしていくゲームのような物だ。強い手札が舞い込めば、それを最大限利用しなければ、最善の結果は掴めない。


「……今は重荷だろうと、いつか、この『手札』を持っていてよかったと思う事が、必ずあるはずだ」


 重荷を手放した結果、かつての仲間を自らの手で殺す事もあるのだ。


「……わたし、聖女でよかったと思うときなんて、来るのかな?」


 彼女はぽつりとつぶやく。その言葉は「堅苦しい役職から離れたい」という無責任な言葉ではなく、どこかその肩書自体に後ろめたさがあるように聞こえた。

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