閑話:すべての人間が笑うために2
「だ、大丈夫だよ! だって、戦闘職でもないのに結界の外になんて――」
「私の心配は無用。伊達に一人旅をしていませんから」
アンジェが声を上げるが、ハヴェル神父は静かにそれを制して、モーガンに改めて向き直る。
「異論はないですね?」
「あ、ああ……」
まさか本当にそうするとは思っていなかった。そんな表情で彼は頷く。
ハヴェル神父はアンジェに付いてくるよう言うと、隊列から離れるように歩き始めた。
「……ごめんなさい」
隊列が木々に阻まれて見えなくなった辺りで、アンジェはようやく口を開いた。
「アタシのせいで、結界の外においだされちゃって」
「あなたの所為ではありませんよ」
震える声で縛りだされた言葉に、ハヴェル神父は優しく答える。
「教会の『浄化運動』による価値観に染まった者は、ああなるのです。自らの生まれを恥じるような言葉はおやめなさい」
神父の言葉は優しく諭すように紡がれ、アンジェは深く頷く。
――浄化運動
教会が推し進める混血の人間を迫害する動きの総称で、教会にて行われる説話や巡礼により、世界各地へと広がっている。
中にはガロア・ハヴェルの両神父や、ニールたちのようにその教義に反発するものも少なくないが、オース皇国とアバル帝国の二大国を後ろ盾とするその運動には、多くの賛同者が集まっている。
しかしこの運動の歴史自体はそう根深くなく、始まって三十年も経っていない、現教皇に代変わりしてからの運動だった。
「ニル兄にも、むかし似たような事を言われたっす」
「そういえば、彼は?」
アンジェの言葉でようやく気付いたようにハヴェル神父は周囲を見る。隊列から離れた今、周囲に人影はない。
「ニル兄はイリちゃん――聖女様を助けるように動いて隊列からはぐれちゃったっす。きっと明日には戻ると思うっすけど……あの罪源職と鉢合わせしたくなくて、合流をためらうかも」
「なるほど……」
そう言いながらハヴェル神父は魔物除けの結界を展開させる。勿論アラートは切った状態で。
「さあ一晩――いえ、聖女様が戻られるまで、よろしく頼みますよ」
「了解っす! ――っ!?」
アンジェが元気よく返事をした瞬間、近くの茂みが激しく揺れた。二人は魔物かと警戒するが、現れたのは意外な人物だった。
「あ、す、すいません。驚かす気は無かったんですが……」
現れたのは、出発前日に出会った背の高い衛兵だった。
「……貴方は?」
「クレインって言います――あ、そういう事じゃないですよね、あはは……その、さっきモーガン隊長が怒鳴ってるのが聞こえまして、可哀そうだなーと思いまして」
クレインと名乗った衛兵は、照れくさそうに頭を掻く。
そうしていると、また隊列が野営しているほうから一人二人と衛兵や聖職者が集まってきた。
「あの罪源職に怯まねえ嬢ちゃんがどんな奴か見たくなってな」
「こんなちっちゃい子を放り出すとか、ダメでしょ、そう思ったら私、抜けてきちゃった」
「ほら、食べ物がなかったらお腹すくでしょ? 本隊からちょっと分けてもらってきたわ」
その姿を見て、アンジェは頬を綻ばせる。
「あ、ありがとうっす! みんなで食べるっすよ!」
その人々を見て、ハヴェル神父は穏やかな表情で小さくつぶやいた。
「すべての人間が笑うために……あなたの願いは、きっと叶いますよ、セラ」
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